この景色を眺めてみたり






ここに手持ち無沙汰に座ってみたり





TV📺の前に移動してみたり


と


終始、落ち着かない叔父に反して

私と叔母は

トイレにも行かず(叔母もトイレが遠い人です)

黄色い椅子にずっと座って

従姉妹の手術が終わるのを

今か今かと待っていました。




順を追って話すと

まず

病院の北ロビーで

叔父と叔母と弟夫婦と待ち合わせ。

7時半からPのゲートが開くのに

あたくし

6時40分には着いてしまいましたꉂ🤣𐤔
(お盆で車少なかったですーーーーびっくり!)

勿論、1番乗り👍

10分後には後続車が来て気付いたら

7時15分には

道路まで車がはみ出しておりましたタラー

朝いちの手術の人は

8時半には手術室に向かいますので

8時には

指定された場所に行く必要がありました。

初めて車でこの大学病院に行った時

色々と戸惑いました。

案の定

弟も戸惑っておりましたが

私のナビゲーションで院内Pに辿り着きました。

2回目からは何て事ないのだけど

右折で侵入禁止なうえに

院内Pの入り口がわかりにくく

Googleマップは嘘をつきます笑



私を含め5人で

検温をしたり

なんじゃかんじゃしていたら

あっという間に

従姉妹が

病棟ナースさんと一緒に出て来ました❣️

とても元気に、ね😄

手術室に入る時に皆にハイタッチまでして

満点笑顔で手術室に消えました☺️

2時間・・・3時間・・・
 
11時をまわりましたので

そろそろお昼ご飯でも食べに行く?

と話をしていたら

母から電話が入ったり

叔母にも電話が入ったりして

お昼ご飯に行きそびれていたら

予定より早くに従姉妹の手術が終わって

手術室エリアの小部屋に案内されました。

そこで主治医からのお話がありました。

私は

ある程度の覚悟を持って挑みました。

従姉妹の病状は思わしくなく

やはり

ステージは3から4になりそうだという事。

私はここで涙が溢れそうになりましたが

叔父や叔母はまだぴんときていない感じで

主治医は叔父や叔母を交互に見つめて

しっかり話をして下さいました。

ステージ1~3は根治を目指す治療。

ステージ4は根治を目指す事は難しくて

治療法も1~3までとは変わってくる事を

丁寧に説明して下さいました。

叔母はみるみるうちに涙を流し

叔父も目に一杯、涙をためていました。

3週間後の病理検査の結果の日は

叔父も叔母も一緒に聞きに来ます。

そんな話の後に

手術室から従姉妹が運び出されて来て

麻酔がまだ半分きいてる状態で

ぐったりしていて←当然。

ショッキングな話の後だった事もあり

私は涙腺崩壊でした。

朦朧とした意識の中

叔父と叔母と私に労いの言葉とお礼を述べ

退院したらあっこお世話になりますって

言いました😭

手術が終わって朦朧としてる時に

そんな事を言う従姉妹が愛おしくて

守る、私が、守る😭

そう誓いました。

病室に去っていく従姉妹を乗せたストレッチャーを

見送りながら

叔母は声をあげて泣いていました。

いつも明るく元気な叔母が泣く姿を

私は初めて見ました。

いつの間にか抱きしめてハグしていました。

正確な診断は3週間後ですが

ほぼステージ4だと言っていいそうです。

治療法が違ってきますので

どうなるのかな・・・

他臓器への

転移とかも追ってくと思われます。




長い旅路の始まりです。




今夜も塩風呂に浸かって寝よう思います。




ではでは。