さて。
赤とんぼさんと1日中遊び歩いた翌日
すなわち
10/12(土)は
教育実習に行ってる息子も急遽
僕も一緒に帰ります。
運転は僕で。
という
LINEメッセージが入りまして
相変わらず急な奴よと思いながらも
ばぁちゃん(母)想いな息子なので
これもある程度想定内。
実習期間の部活が写真部で良かったね。
(写真部の活動は放課後と日曜日のみです)
おばあちゃんは可哀想。
夫と息子を立て続けに
亡くしてるから。
が
息子の根底に敷かれているので
何をおいても優先したいようです。
コロナ渦もあり
私が帰省できない状況が続くと
(次から次へとコロナの波が押し寄せた数年間でした)
ドライブに行きたいという女友達に
俺の母親の実家で飯を食うで良かったら、と
OKして
女友達もOK出したもんたから
女友達を引き連れて
母に会いに行ったほどです。
勿論
実家は
弟家族も含め
涼ちゃんが女の子を連れて帰ってくる
と
上を下への大騒ぎでした🤣
絶対に勘違いしてるよな・・・です。
弟家族までもが離れの隠居に顔を出して
女友達にご挨拶。
想像するだけでオゾマシイ風景です🤣
あたくし
何度、確認したかわかりません。
本当に友達を連れて行くのか、と。
本当のところ彼女じゃなくて?
と
聞いたけど
それはないとキッパリと即答でした。
まぁ
女友達も男友達もそこそこ多い息子です。
(ゲーム関連だと外国人もいて片言の英語と日本語で会話)
今回の
僕も帰るという発言も
田舎の祭に帰ると言うことは
近所からマジマジと見られる事も
覚悟は出来ていると心得た。
高校生の頃の息子は
それが嫌で(あと反抗期もあって)帰らなかった。
どこそこの何ちゃんが
家族で祭に帰ってきた。
と言うのは
停車してる
見慣れない車で即バレの恐ろしい処です😱
夫も未だに
長居はムズムズするようです
あたくしは
好奇の目、丸出しで
あきちゃん、お帰り。
と
声を掛けられたら
自分のほうから
お久しぶりです。
お元気でしたか?
こっちは
主人と息子です🤗
息子大きくなったでしょ?
と
言って回りました。
じゃないと
のらくらと延々と話が続きますのでね。
お世辞と、まんざらでもない言い方で
まぁ~
あの小さかった僕が
こんに大きなって!!
旦那さんが大きいもんね。
小さい頃から男前だったけど
更にしゅっとして男前で
おばちゃん、びっくり。
(ベタベタ息子を触る人もいる)
だいたい
こんな感じで終わります。
夫と息子は終始苦笑い。
これが田舎の行事に参加する時の洗礼。
ひとしきり洗礼が終わると
あとはのんびりできます。
遠くから
幼馴染みのあきちゃーーん!!の声に
(初恋ひろちゃんの妹ちゃんです♡♡♡)
両手を広げて待つ私
一気に子供の頃に戻ります🎵
彼女は夫と息子にハニカミながらご挨拶。
息子を
大きくなって、と、ナデナデヾ(・∀・`*)
彼女のご子息達は賢いのですが
彼女は決して教育ママゴンでは有りませぬ。
ご子息達は自主的にお勉強をして
教えなくても自助努力で伸びたという
私に出来なかった事を成し遂げたので
尊敬を私は彼女に抱いております。
ご子息達が
日本の未来を引っ張っていける人に
どうかなって欲しいと
心から願っています🤗
10才で凄い賞をとった
神戸の男の子のお母様と
彼女は似たtypeかなと思っています。
さて。
お祭りですが
私の実家は
京都府北部の小さな町の
更に小さな小さな村にあります。
もう【村】なんて呼び方はないのだけど
昔風に呼ぶならば村です。
わかるような、わからんような😅
この村に生まれし男の子は
中学と高校の6年間の秋祭り期間は
太刀を使った躍りを踊って
村中を練り歩かんとあきません。
それが神様に捧げる儀式(?)のようなもの。
私が幼い頃や
同級生の男の子達がしていた頃は
子供の数も多くて長い列だったけど
少子化で列は短く
なんと
女の子まで躍りに駆り出されておりました。
私は
太刀振りと呼ばれる
この躍りが踊りたくて見よう見まねで
剣道の竹刀でやってたら←習ってたよ。
女だてらに
真似でもするもんじゃないと
親戚から怒られたのですが🙄
夜の幻想的な灯りの中でする
太刀振りは
撮影するの忘れたのが痛恨の極みです。
夜の太刀振りが終わると
帰路についた私達。
翌日は
息子は、写真部の活動で遠出。
夫は、休日出勤。
私は、家の内見の対応。
と
なかなかハードな事が続いており
ビュンビュン飛ばして帰りました

束の間の帰省でしたが
来年の秋もまた帰れたら嬉しいです。
流石に来年は息子は帰れないだろう。
いや、待てよ。
日程さえ合えば帰れるかも?
来年の今頃は社会人になっている予定です。
(あくまでも予定は予定で未定です💦)
サビのメロディーが堪らん好き🎵
あとこの曲で横須賀に憧れる(笑)
ほら、田舎の村育ちなもんで😅
海も近いよ🎵
では。







