いつかいく
いつか参加する
そのうちやる
・・これは
永遠にこないです
やれる時は
あるのかもしれませんが
その時のタイミングでしか
やれないものがあるのです
情報が入ってきた時が
一番の旬だということ
よーく考えて答えを出すことが
大事だと教えられて育ってきた世代には
直感ほど怖いものはない
情報でかためてかためて
結論を出す
引っ越しをするにも
その建物の情報
その街の情報
ご近所さんの情報などを
念入りに調べて越したはずなのに
一年後、目の前の公園が潰されてでっかいマンションが建ってしまった、という知人がいます
やりたい、と思ったときに
いろいろな理由がでてきて
やらない、としても
何の不自由はありませんし
『やらなかった』という現実があるだけで
現実は変わりませんし
人は安心します
でも何も変わらないのです
私はこれだけ毎日旅をしていますと
変化しかありません
エネルギーが新鮮ですもの
だからパワフルでいられる
変化のない毎日のルーティンを
繰り返していると
いつしか人はそこから抜けれなくなる
枠の中にいたほうが
安全だから
やりたい
行きたい
参加したい
けど
それができない理由は
100を超えるし
ひと月もしたら
その衝動もなくなるし
何をやりたかったのかも
忘れていく
そうやってまた
変わり映えのしない
毎日が始まる
私は
たくさんの『生命』の終わりを
みてきた
人との付き合いも
膨大になるからその割合も
多くなる
あした死ぬかもよ、というのは
常に常にある
やりたい
行きたい
参加したい
その意欲もなくなってしまったまま
地球にきた生涯を教えるのは
私は好まない
いつか
そのうち
落ち着いたら
それっていつなんだろう
そうやって今まで、
どれだけ
『やりたいこと』を
なかったことにしてきたのだろう
小さいときに鎖で足を繋がれた象は
大人になって鎖をはずされても
その半径からでようとしない
コップに入れたノミに
長いこと蓋をしておくと
蓋を外してもそれ以上ジャンプをしない
私の人生こんなもん、と思ってしまうし
それも無意識なのでやっかいである
育ってきた環境
親や大人たちの言葉
一緒にいる家族や仲間たちの生活
私たちは
まわりに合わせて生活をしていく能力があるから
だいたい私はこれくらいの人生、と
決めてしまい
だいたいこれくらいで私は幸せ、と
無意識に決めてしまう
無意識だからそもそも枠があることに気づかない
枠を超える人をみて
『あの人変!』と思うのか
『あの人みたいになりたい!』と思うのか
『あの人みたいにはどうせなれないだろう!』
と思うのか
その気持ちの奥にあるのは
いったいどれだろう
自立、とは
その本音に気づき
行動すること
誰のせいにもしない
環境のせいにもしない
自立した女性は
幸せにしかなれない
そう思う
私の
リトリートやイベントに来てくださる方
本当に感謝します
(私のじゃなくたっていい)
やりたい
行きたい
参加したい
これがひとつでもできると
他のこともするすると叶うようになります
人生は
体感
体験しかない
頭の中で
行かなくていい理由を
探しているうちは
現実は動かない
いくら神に祈っても
行動ができないと
神は動かしようがない
行動とは
あちこちにいくだけではない
感謝しよう、と
これだけ言っていても
いや、感謝は湧いてくるものであり
無理やりするものじゃない、と
正論を持ち出し感謝は感謝できる時にだけします、人が未だにいる
『感謝できることがあれば感謝しますけど?』
という、いわゆる『感謝待ち』の人である
それ、いつくるの?
一生待ち続けるのかしら?
感謝回路が開けば
どんな些細なことにも感謝できるようになるのに!
やってみて!
必ず変わるから!
そう思う
あなたも絶対だいじょうぶ
だいじょうぶ
だいじょうぶ
あなたを愛しています
大好き❤
台湾行きますよ!!
金運財運爆上げしたい人は
一緒にいきましょう!
ぴこ
らぶ🩷

