こんにちは

 

永田明希です。

 

 

 

「嫁姑問題」

 

 

これって今どき

 

 

関係ないです

 

無視してます

 

離れて暮らしてるんで

 

適当にやってます

 

 

 

というふうに

 

 

自分の世界から締め出して

 

見ない、聞かない、感じない

 

ない、ない、ない、ということに

 

してるって方って多いのかな。

 

 

 

キライな人と距離をとる

 

イヤな状態を避ける

 

 

 

緊急避難は大事ですが

 

 

拒否反応で自分自身が即座に

 

遮断していると

 

そのとき感じている感情

(怒り/悲しみ/虚しさ/嫉妬)などを

 

ないものとしていることがあります。

 

 

 

自分の感情をないものに(無視)し続けると

 

 

結局は

 

 

イヤな出来事から

 

 

逃げ続ける状態になります。

 

 

 

 

「嫁姑問題」「妻夫問題」

 

「母子問題」「兄弟姉妹問題」

 

「私他者問題」「私周り問題」・・・

 

 

 

どれもおなじ仕組みなんです。

 

 

 

 

出来事が起き

 

それを頭で考え(思考)

 

どう感じたか(感情)で

 

ひとは行動します。

 

 

 

思考と感情の組み合わせによって

 

出てくる状態=行動

 

なので

 

パターンはいろいろです。

 

 

 

 

例えば

 

義母から今すぐ来てと電話があった。

 

 

え?今すぐ?

私の事情は御構い無しだ

 

このひとキライ

このひとこわい


 

なんなのあのひと

私の都合なんて

考えてもくれてない

腹たつわ〜(怒り)

私のことなんだと思ってるの

かなしい・・・

自分ばっかり振り回して

私はあなたの召使じゃない

ずるい・・・

 

 

この思考と感情の組み合わせで

 

行動パターンが分かれますが

 

 

 

 

実際には

 

 

 

 

出来事が起こったとき瞬時に

 

今までの流れや

過去に味わった感情が反応し

 

 

今起こった出来事を

 

思考する前に

 

過去の感情

 

キライ・こわいという

 

先入観・思い込みで

 

ここから先

 

具体的・俯瞰的に

 

物事を考えることをストップし

 

 

 

自分自身の守りを固めます

 

 

 

理不尽な目に遭わないように

 

悔しい思いをしないように

 

傷つけられないように

 

自分で自分をダメな人間だと

思わなくていいように

 

こんな状態に失望しなくていいために

 

 

 

同時に自分を正当化し相手を攻撃します

 

 

 

私の方が

 

 

正しいでしょ

 

当たり前だよね

 

そっちがおかしい!

 

言いたいことはわかるけど

 

もっと人のことも考えてよ

 

 

 

こうして

 

自分自身の思い込んだ感情から

 

どんな出来事でも

 

まずそのように捉えられ

 

そのあと思考が広がっていくことになり

 

フラットな判断ができなくなります。

 

 

同じ相手だと

 

このまま繰り返されていく

 

パターン化してしまうことが多いですよね。

 

 

 

ではこの状態を

 

変えていくには・・・

 

 

というお話につづきます。
 

 

 

 

 

こんにちは

 

永田明希です。

 

 

「心配に奥に隠れているもの」

 

夫の母は83歳、一人暮らし。

 

今年の2月に転倒して肋骨を3本骨折

 

それからずっと次々に

 

身体的問題(痛み・不自由・困難)

心の問題(衝動的・うつ傾向・不安定)

物理的問題(衣食住が儘ならない)

 

等々が起こっています。

 

 

ちなみに

 

昨年の夏までは車を運転し

 

金銭的な要求以外は

 

ほぼひとりで(自由勝手に)暮らしていました。

 

 

ですが、義母の身体のようすをみて夫が

 

これ以上運転を続けるのは危険だと判断し

 

義母の車を処分しました。

 

車という足を取り上げられた義母は

 

以前より一層

 

拗ねて見せ悪態をつき

 

息子と娘を責め自己卑下を繰り返しました。

 

 

車がなくなったと同時に

 

生活のフォローを開始しましたが



まぁ、全くうまくいきませんでしたね


お互いチグハグで


気を遣い合い


探り合い


これが昨年の9月くらいの状態

 


それから

また、


いろいろなことがあり


*また、その話はお話しますね


いまも毎日


私も夫も義母と向き合っています。



痛そう


辛そう


可哀そう


大丈夫だろか


出来るだろうか



心配、心配、と


繰り返しながら



常に手を貸すの?


常に目の届くところに置いておくの?



それが私の望みなの?



近頃、私の中に浮かんだ疑問。


私はどうしたいのだろう


「義母が」とか


「義母のため」とかじゃなくて




「私」


私はどう思って


どう感じているのだろう



老いていく姿を


肯定的に捉える


衰えていっても


その人自身のことを信頼する





生まれたても病も老いも障害も



歳の差も経験も持ってるものも



すべて関係なく




魂の力は輝きは


同じです




83歳の義母の魂を


思い出しました。



その光を尊重して


これからまた新たに


向き合う気持ちで接していきます。





2年前に書いた記事


息子もまた、同じ


キラキラと眩しいですね



こんばんは

永田明希です。


2年前の夏休み最後の日に書いたブログ


この日書いたブログにある

大好きな父は

昨年末、旅立ちました。


最後まで

たくさんの愛を

注ぎ込んで

私を満タンにして。






ブログを再開したので


これから

折をみて父とのことを

綴っていきたいと思っています。