こんにちは
永田明希です。
「心配に奥に隠れているもの」
夫の母は83歳、一人暮らし。
今年の2月に転倒して肋骨を3本骨折
それからずっと次々に
身体的問題(痛み・不自由・困難)
心の問題(衝動的・うつ傾向・不安定)
物理的問題(衣食住が儘ならない)
等々が起こっています。
ちなみに
昨年の夏までは車を運転し
金銭的な要求以外は
ほぼひとりで(自由勝手に)暮らしていました。
ですが、義母の身体のようすをみて夫が
これ以上運転を続けるのは危険だと判断し
義母の車を処分しました。
車という足を取り上げられた義母は
以前より一層
拗ねて見せ悪態をつき
息子と娘を責め自己卑下を繰り返しました。
車がなくなったと同時に
生活のフォローを開始しましたが
まぁ、全くうまくいきませんでしたね
お互いチグハグで
気を遣い合い
探り合い
これが昨年の9月くらいの状態
それから
また、
いろいろなことがあり
*また、その話はお話しますね
いまも毎日
私も夫も義母と向き合っています。
痛そう
辛そう
可哀そう
大丈夫だろか
出来るだろうか
心配、心配、と
繰り返しながら
常に手を貸すの?
常に目の届くところに置いておくの?
それが私の望みなの?
近頃、私の中に浮かんだ疑問。
私はどうしたいのだろう
「義母が」とか
「義母のため」とかじゃなくて
「私」
私はどう思って
どう感じているのだろう
老いていく姿を
肯定的に捉える
衰えていっても
その人自身のことを信頼する
生まれたても病も老いも障害も
歳の差も経験も持ってるものも
すべて関係なく
魂の力は輝きは
同じです
83歳の義母の魂を
思い出しました。
その光を尊重して
これからまた新たに
向き合う気持ちで接していきます。
2年前に書いた記事
息子もまた、同じ
キラキラと眩しいですね