わたしは
何もできない
差し出すものがない
だから、
ほしいものは手に入らない。
といっている君は、
今ここにちゃんと
生きている。
生存しているだけで
何かしらのエネルギーを
君は消費している。
その
消費されたもの
それは
君から出ていったもの。
差し出すものが
何もないって?
消費は充分
君が出したエネルギーなのだ。
なにひとつ
生み出してないつもりでも
君が必ず呼吸するように
息を吐くと同時に、消費し
吐いたら必ず入ってくる
空気のように、
生きるために必要ななにかを
受け取っている。
受け取るものと
出したもののバランスなんて
私たちひとりひとりが
気にすることなんて
ないんだよ。
私たちを使って
地球が宇宙が
呼吸しているのだから。
宇宙からみれば
かんぺきなバランス。
父が癌を患い病院で暮らし
何の生産性もない状態だとみえても
今父のような人がいるから
新しい薬や治療法がうまれ
今病気じゃない私が病気になったとき
その恩恵にあやかれる。
父が生きているだけで
消費される全てのエネルギーは
世の中のなにかになり
誰かに注がれる。
私たちが生きるということは
その循環の中にいるということ。
例えばお金を
くだらないことに使ったとしても
例えば今日一日
骨折り損だったとしても
なにをやっても
思うようにならなかったとしても
今日も結局
何にもやれなかったとしても
私たちは生きている限り
循環の中にいるのだ。
その循環が
どんなに小さくても
気に入いらなくても
そんなことは関係ない。
今日も1日まずは
宇宙の一員として
循環の輪の中にいたことを
みとめよう。
わたしがもっと
出したいものは、なんだろう。
今はまだわからないのなら
それでもいいじゃないか。
私だって
ちゃんと生きている。
それだけで、素晴らしい
この宇宙の一員。


