四柱推命を知ってから
「命式」を見るようになって、
その行動から
自分を客観的に見る(メタ認知)
という視点が育ったなって思う。
それまで、
イライラしたり
鬱鬱とした時に、
ノートに気持ちを書き殴って
スッキリするという事はしてたけど、
そこから
自分の本音を探るとか
どんな思い込みが作用してるのか?を探るとか
そういう行動はしていなかった。
てか、
そんなの知らなかった
だから、
四柱推命との出会いは、
命式で自分を知る以上に
自分を俯瞰している視点を
育てられた事が大きなギフトだなって思う。
で、
最近の気づき。
怖いと騒いでいたのは
思考だった
ってことで。
メンヘラなのも
超ビビりなのも
ドMなのも
受け取り拒否をしてたのも
全部思考だった。
私だと思ってたけど違った
つまり、
思考はわたしじゃなかった事が、
この10年、自分を客観視し続けてわかったの。
大きな輪の中にある
一部が思考って感じで。
その面積にするとちょびっと思考に
まんまと乗っ取られていたのよね。
何十年も。
びっくり


やっぱりさ、
思考という存在の実体や
本来の立ち位置とか役割を理解しても
こんだけ
何十年も主導権を握って
「何とかしなしなきゃ」と
自分も他人も何もかもを
コントロールして来たんだからさ、
そう簡単にさ
操縦席を明け渡せないわけで。
そこには
ものすごい恐怖が湧き上がる。
これを人によって
「バンジー飛ぶ」と言うし
つまりは「勇気」が必要になるから、
わたしのように
超ビビりなメンヘラ(な思考)だと
ものすごーーーい時間がかかったんだなと。
さすが、
小学4年生?くらいの頃に、
限界まで虫歯を放置して
いざ歯医者さんに行くと決めても
3時間入れなかっただけある
←
でも、
まさにこのパターンを
ずーっと繰り返してたんだよね。
怖いから限界まで放置してたことが、
歯医者さんに行くから、
会社を辞めるとか
引越しをするとか
仕事とかにすり変わってた。
そして、
今回はいよいよ、
この大元である
思考が主導権を握っている在り方を辞める
だった。
思考から宇宙(潜在意識・神様・ハイヤーセルフ)へ
主導権を明け渡す。
もうさ、
1つずつの問題に対応するのが
面倒くさくなった
働き方を変えたい➞でも勇気が出ない➞
我慢の限界の末に「えいやー!!!」と行動する
稼ぎたい➞でもどうしたらいいかわからない
➞自己開示が必要と聞いて向き合う➞勇気を出す
➞稼げた!➞これを継続したい!➞どうしたらいいのか
わからない…これ延リピじゃね??
不足を見つけることで
存在価値を保とうとする思考に
主導権を渡してる限り、
これ、
終わりがねーな
と、思ってさ
たぶん、
それを感覚としてキャッチしたのが
2023年の3月の「自立したい」ってやつで。
思考主導だとさ、
不安や恐れから安心を手に入れる為に
どうしても何かに依存したくなっちゃうし。
それから3年4ヶ月かかったけど、
「お母さんの死」という思考では
絶対に有り得なくて、
意地でもコントロールしたかった事が
強制的に起きたことで、
やっと
主導権を手放せた気がする。
だって、
思考でコントロール出来ない事が
いっぱいある事がわかったんだもん。
他人の気持ちもそうだし
お金だってそう。
お金を稼ぐとかも
方向性は自分が決めれるけど、
現実を創ってるのは思考じゃないと
稼ぐも稼げないもどっちも体験してわかった。
