昨日は、
お母さんの初めての月命日でした。


もう1ヶ月経ったのかという思いと、
まだ1ヶ月しか経ってないのかという思いと、
何だかあやふやな気持ちです。


まだまだ、
ふとした瞬間に涙が出るし
お母さんが居ないことに
全然慣れていないけど、


少しずつ、
自分のことを考える時間が増えて
生命力が戻ってきているのを感じます。


やっと、
インスタとFacebookでも
今までストーリーで流してたものを
まとめて、投稿する事ができました。






1ヶ月経って、

1つの区切りをつける事が出来て、

また1つ前に進めた自分を褒めたいと思います照れ









わたしは、

出来るならお母さんより先に

旅立ちと思っていたから、



お母さんが居ない世界線なんて

1度も考えた事がなくて、

ここ数ヶ月は途方に暮れていました。



もしかすると、

数ヶ月どころの話じゃなくて

年単位だったのかもしれない不安



そのくらい、

ここ数年のやる気のなさは

自分でも初めての事で

どうする事も出来なかった。



お金のことを含めて

どうやって生きていたのか、

自分でもよくわからないし

記憶がない笑い泣き



特にこの1ヶ月は、

もがいて苦しい毎日が続いていた。



いっその事、

今すぐお母さんのところに行くことになっても

1ミリの未練もないとすら思った。



とは言え、

わたしはビビりだから

自らなんて出来るわけがないから

事故とか病気とかを希望したんだけど。



まぁ、

今すぐと思っていたのは

ちょっと感情的になっていたかもだけど、



わたしの中で

死ぬことへの恐怖が

格段に減ったのは間違いなくて。



お母さんや愛猫や

大好きだった叔母さんやおばあちゃん。

みーーーんなが居るところへ行ける。



そう思うと、

マジでいつでもいいよ、と思う。



そんな風に思ったら、

生きることへの執着がなくなったのか、

逆に生命力が戻ってきたポーン



死んだように生きていたけど、

今すぐ死ねないのなら、

ちゃんと生きたい。



そんな思いが、

昨日の夜中からフツフツと湧いてきた。



いつ死んでもいいけど、

朝になると目が覚めるし

今、この瞬間も生きてるという事は、



まだ何かやる事があるから

生かされているのかもしれない。



そう思ったら、

腹の底から「やるよ」という声が

聞こえてきた。



お母さんが居ないとダメじゃなくて、

お母さんのために生きるんじゃなくて、

自分のために生きる。



自分のために生きる事が

社会貢献になる生き方の

やっとスタートに立った感じ。



もう、

何度も何度も決め直してきたけど

それがわたしのペースなんだ。



バシッと決めて

ガーっといけたらかっこよかったのに、



自分を生きると決めてから

紆余曲折しまくって

10年もかかったなぁ笑い泣き



折しも

今年の運勢の流れは決意の時期。






月単位で見ると、

6月が決意の時期なんだけど、



開業届を出したのも

四柱推命と出会ったのも

お母さんが初めて救急搬送されたのも

愛猫が亡くなったのも

全部6月だった。



って事は、

今年の6月は12年に1度レベルの

大きな決断をするのかもしれないラブ



結婚はなさそうだから←

仕事かなぁ。あとはなんだろう…



今のところ、

全く想像もつかないから

ここは宇宙に任せるとして、



わたしは、

今、出来ること、やりたい事を

直感のままにやるだけだ。



1つ1つ。丁寧に。

想いを込めて。







三浦明美