感情の源は思考だと知った時、
めっちゃ驚いた
感情は、
感覚が源だと思ってたから。
思考が発生源と知って
急にどうでも良くなった
←
怒りの原因は悲しみだけど、
過去の出来事から自分の中に創られた
思い込みや物事の捉え方のクセから
悲しみは生まれてると思う。
大前提てやつ
ポジティブな感情も同じだ。
大前提があるから、
嬉しいや楽しいを味わってる。
感情に振り回されてる時、
確かに思考に振り回されてるし
現実に振り回されてる。
~せねばならない。
~であらねばならない。
という、完璧主義の時は
必ず他人受けを気にしていて、
そうじゃない自分を
無意識に責めちゃったりして
超思考の世界にいるから
苦しいし疲れちゃうし嫌になる。
じゃあ、
どうすればいいかって、
考えるのを辞めて
身体の中にいる震えてる自分を抱きしめて
静かに一緒にいるだけでいい。
それだけで
暴れまくっていた感情は
ピタりと止まる。
止めようとしなくても
勝手に止まる。
大丈夫、大丈夫、大丈夫。
全てはうまくいってる。
ここから劇的に良くなっていく。
そんな呪文を唱えながら
ゆーっくり深呼吸をするだけでいい。
昔の私は、
瞬間湯沸かし器のように
すぐカッとなってた。
それは、心の中に
いつも不安と不満があったからだ。
受動的に生きていたから
社会や周りや他人が変わる事を望みつつ
思い通りにならなくて不満だったし、
結局、
自分がどうにかするしかないと
思ってたから不安だった。
どうすればいいか?なんて
1ミリもわからないのに
何とかしなきゃと焦っていて。
その手綱を弱めるだけで良かったのに、
それがもう怖くて怖くて出来なかった。
手綱を弱めるということは
能動的に生きるということで、
能動的に生きるとは、
常にイマココを感じ続けている状態、
今に意識を向け続けて生きる事だった。
直感で動くというのは、
「え?!?!」と思うような事でも
やるってことだし、
まさに、
コントロール不能な世界を生きるから
自分を信じていないと無理すぎる
凸凹がある自分を
丸ごと受け入れて「それがあたいだよ
」
と、認めれば認めるほど信頼度はあがる。
何者かになろうとする完璧主義じゃなくて
凸凹がある今の自分が完璧だと思うやつが
実は正解だった。
感情的になる自分、
完璧主義になる自分、
他人受けを気にする自分は
思考の仕業。
そこは変えようとしなくて良かったんだ。
むしろ、
変えようとすればするほど
わからなくなる部分だった。
そこはもう放っておいて。
放っておくのが怖いんだけど
←
それでも
放っておく事を意識してれば
そのうち考えなくなってくる。
それよりも、
今、あるものを考えたり、
こうなったらいいなを思い浮かべる方が
遥かに気分もいいし身体にもいい。
これが、
能動的に生きるってやつなんだと思う。
私も日々実践中で、
やっと少しずつ能動的になってきたような。
今の状況も環境もまったく関係なかった。
他人の性格も関係なかった。
全部、
自分に都合いいルールに
変えちゃえば良かったんだ。
お金は使うほどに入ってくるとか、
食べても太らないとか
日々ぶち上がってるとか
問題とか不安になることが
目の前に現れたら、
この事は、
安全に平和にあっさりと
過ぎ去る方向でと意図する。
意図したら、
あとは「おねしゃーーーす
」でいい
あとは
今を感じ続けていることを
ひたすらに頑張るのみ。
気づくと
すぐに過去や未来に飛んで
不安になりがちだから🤷♀️
そんな事を感じた先週末でした。
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