私は
幸せになるにも
自分を信じるにも
自分を愛するにも
必ず条件があると思ってた。


〇〇できたら
〇〇を学んだら
〇〇だったら


と、
その時の状況や環境で
〇〇の中に入る言葉は
変わっていたけど、


自分に対して
常にお題を出していて
それをクリアさせる為に
頑張らせていた。


The 自作自演


去年
お母さんの介護をきっかけに
半分病んだ状態だった私は、


仕事もプライベートも
何もかも嫌になって、


「もう頑張りたくない」
「もう動きたくない」


と、
止まったのは、


この自作自演を
終わらせる為だったのかと
やっと理解した。


それは
言い方を変えると、


無条件に
幸せになること
信じること
愛すること
でもあって、


つまりは、


今すぐ


幸せで信じて愛していい
ということで、


実は、
ずーっと


幸せだし
信じてたし
愛してた
って事だった。


そもそも
願望実現や
現実創造をしたいと
思うことがズレていて


願望は実現しかしていないし
現実は創造され続けてたあんぐり



どっか行きたいと思ってたら行ってた車




幸せになるのも

信じるのも

愛するのも



条件なんか

1つもいらなかった驚き



私はさ

人に迷惑をかけてはいけない

という親の教えの元に育ったから



人を頼ってはいけない。

1人でやらなければいけない

という信念があって



それが

常に自分を見張って 

コントロールするようになった

根本的な原因だった。



本当の自分を

1ミリも信じていないから



本音なんか

聞こうともしていなかったし

必要なかった。



それでも

たまに溢れ出る「本音」は

無視する事が出来なかったから



私の中では

常に何かと戦ってる感覚が

あった。



それは

「親」だと思ってたけど



実は

「自分自身」だったという

オチだった不安



でも、

自作自演だったとは言え、



いつも

もがいて苦しみながらも

一生懸命に生きてきた自分が

何だか誇らしく思えた。



「幸せになりたくて

めっちゃ頑張ってたし

努力してたじゃん!!!!」

と、初めて認められた。



そうしたら

やっと



もう

自分を信じていい。

全て任せていい。



私なら大丈夫。



と、

思えた。



この「大丈夫」は

今までの「言い聞かせる」のとは

全然違って、



「そうでしかない」 

という確信と安心感からの

「大丈夫」だ。



この感覚でいることが

本当の自分で生きる

ってやつなんだと思う。



でもさ

私たちはいつも

「大丈夫」でしかないから



ただ

望めばいいだけだし

受け取るだけでよかった。



何も恐れることはないし

不安になることもなかった。



自分を信じて愛する。



たったそれだけの事で

全て上手くいく。



大丈夫だし

何とかなるし

奇跡は毎日起きるから、



感情を味わいつつ

望んだ未来に向かって

「ここからどうなっていくのかなぁ」

と、俯瞰して見てればいい。



その時に

やりたい事をやっていればいい。



気楽に生きればいい。



それだけだった。




・




愛って

心配ではなく

信頼するものなんだね。



私、

心配されることが

愛だとずーっと思ってたし、



信頼されることは

依存だと思ってたよ悲しい




心配な時こそ

信頼することで

奇跡は起こるし

大丈夫になる。




その世界を

もっと見たいし

感じようと思いますチュー



そう思うと、



命式って

やっぱり



魂の計画書だし

自分のトリセツだし

宝の地図だし



スピリチュアルは

エンタメだねラブ







オモローーーーーキラキラキラキラ




三浦明美