昨日の続きです爆笑




小学生の時の6年間って

肉体的成長が凄まじいじゃない?



1年生と6年生では

大人と子供ほどの体格差と

言っても過言じゃない。



そして、

肉体の成長に伴って

必然的に「男女の役割の違い」も

浮き彫りになってくる。



1番の違いは、

子供の種を与えるのが男性で

種を受け取って育むのが女性。



だから、


男性は「愛を与える生き物」で

女性は「愛を受け取る生き物」

なんだと、シミジミ思いました。




これはもう

スピリチュアルでも何でもなく

生物学的に絶対な「本能」



変わることがない

普遍的なもの。








私が小学生の頃は

5年生になると「性」について

男女別の授業があった。



そこで始めて

自分の体の仕組みと

男子の体の仕組みの違いを

「ちゃんと」知ったんだけど、



この授業を受けた時の光景を、

今でもハッキリと覚えてるくらい

私にとって衝撃的な内容だった。



何だか急に

男子は「自分とは違う生き物」

なんだと意識し始めたし、



大人になる事に対する

怖さみたいなものを感じたと思う。



「ずっとこのままじゃいられないんだ」

と、絶望も感じたのかもしれない。



その時の私は、

性に対する興味と怖さを

同時に感じて戸惑ったんだと思う。



そんな複雑な思いを抱えた私は、

興味よりも抵抗が強くなった。



それは、我が家にとって

性に対する興味や行為は、

「親への裏切り」になると

思っていたからだと思う。



なんせ、

幼稚園の頃に

男の子とイチャイチャして

「変なことをしちゃダメ‼️」と

お父さんに怒られた時に、



私の中にハッキリと

「ダメなこと」として

インプットされちゃってた。



うちの親が

なんでそんな事を言ったかは

今となっては理解不能だけど、



きっと、

親としては「早熟」な私に

ストップをかけたかったんだと思う。




「普通の子と同じになって欲しい」



と、願う親の気持ちを

無意識に感じ取っていた私は、 



「親の価値観で生きなければいけない」



と、

思ったんだろうな。




親に、

捨てられたら

この世の終わり


だと思ってたから。

もうここはしょうがない笑い泣き




こうして私は、

肉体は大人なのに、

精神は未熟で子供のまま

というアンバランスな人になった。




しかし、まぁ、

性に対する

興味と抵抗(罪悪感)が

私の中にあるのは気づいてたけど、




自分が思ってた以上に

根深くてビックリ滝汗




夏至の朝日を窓からパチリ📸





「アンバランスな私」は、

中学2年の時に、

クラスの男子の目が怖くなって

2ヶ月間くらい不登校になった。



特にいじめられた訳でもないし、

夏休みも男女の仲良しグループで

遊んでたぐらいなのに、



秋になった頃、

急にクラスのとある男子が、

私をバカにしているように感じて

学校へ行けなくなった。



これも、

直接何かを言われた訳じゃなくて、

漠然と「怖い」と感じただけだった。



その男子の事は、

今でも顔とフルネームを

ハッキリと覚えてる笑い泣き

ほとんど話をした事がなかったのにね。



彼は、

そんなに目立つタイプじゃなかったけど、

すごく存在感があった。



陰のリーダー的な🫢



私は、

恋をしてたとかじゃなくて、

その男子が話しかける子は

可愛い子ばかりだったから、



話しかけられない私は

「可愛くない判定」をされたようで

密かにすごく傷ついていたんだと、

やっとわかった。



そして、

それが限界を迎えた時に、

学校へ行けなくなった。




不登校の間に、

担任の先生と数人の女子が

心配して家まで来てくれた事があって

その光景もすごく覚えてる。



わざわざ手紙を書いてくれた子もいたし、

「待ってるよ」と口々に言ってくれた。



嬉しかったと同時に

学校へ行けない自分に対して

惨めな気持ちにもなった。



その頃、

私はお母さんが泣いてるのも

生まれて初めて見た。



洗濯機の前で

声を上げて泣いていて

ビックリしたし、

すごくいけない事を

してる気持ちにもなった。




それでも

学校に行けなかった私に、

ある日の朝、突然お父さんが、

「学校に行きたくないのか?」

と聞いてきて、



その時、咄嗟に出た言葉は

「そんな事ない」だった。



あまりにすんなりと

その言葉が出てきて

戸惑っていたら、



お父さんは、

「車で送ってあげるから着替えなさい」

と言ってきた。



私は言われるがままに、

何の抵抗もする事なく

制服に着替えて、

学校へ向かった。




学校に着いた時は、

もう授業が始まってる時間で、

校門には誰も人がいなかったけど、

私は何の迷いもなく校内に入った。



今思うと、

よくそんな状況で

教室の中に入れたなと思うけど、



きっと、

私は学校に行きたかったけど

もはや行くきっかけを失っていて

身動きが取れなくなってたんだと思う。



お父さんが

そのきっかけを与えてくれたんだ。



やっと1歩を踏み出した私は、

その日を境に普通に通い始めた。



不登校の原因となった男子とは

その後も話す事はなかったけど、

私は普通に学校生活を楽しんで、

無事に中学を卒業した。



ただ、

1つだけ心に引っかかっているのは

不登校の時に家まで来てくれた子達と

3年生になった時に、

ちょっと距離が出来たこと。



なんで、

そうなったかはわからないけど、



3年生の時は転校生の2人と

もう1人の子と、4人でよく居た記憶がある。



ケンカをした訳じゃないし

たまに話をしていた記憶もあるけど

いつメンではなくなってた。



その時の私は、

何とも思っていなかったけど

今の私からしてみると、



あんなに心配をして

家にまで来てくれた人達に対して

私は感謝をしていたんだろうかと

いたたまれない気持ちになる。



もはや

どこで何をしているのか

全くわからない今となっては、

改めてお礼を伝える事は出来ないけど、



あの時、

優しい気持ちをくれた事を

この先は忘れずにいようと思う。



今、やっと

中学生の私が癒されたえーん




北海道神宮がある円山公園は、実は学区内。

近すぎてあまり行かなかった笑い泣き






ただ、

その楽しい思い出の中には

「初めての彼氏が出来た」はなくて、




彼氏がいる友達と自分は

違う生き物くらいに思ってた気がする。




私にとって

恋愛というものは、

ものすごく興味があるけど

いつの間にか他人事になってた。



それは、

性に対する複雑な思いから

そうなっていたんだけど、



その複雑な思いは、

親への忠誠心だったんだ。



それでも、

本能には逆らう事は出来ずに

好きな人はいつもいたし、

人並みに性の経験もしたけれど、



そこには、

喜びよりも罪悪感の方が

多かったように思う。



その葛藤が、

私の典型的な恋愛のパターンとして、



ある程度仲良くはなるけど

誰も「彼氏」にはならない。



という、

現実を作ってた。



そうなってしまうくらい、

私にとっては「親が全ての人生」

だったんだなぁショボーン




性への興味の抑圧は

他人と愛を育む事への抑圧にもなったけど

「親から愛され続ける為には仕方ない」



と、

自らが選んでいたんだ。



そうやって、

私は自分を縛り付けて

傷つけていたんだえーん




純粋に、

誰かを好きになって

愛し合いたいと思う気持ちを

奪っていたんだえーん



きっと、

自由に色んな人と

恋愛を楽しみたかったのに。



はぁーーーーー

凹むーーーーーーーえーん




そう言えば、

私はいつも極端だ。



仕事か、恋愛か。

友達か、彼氏か。

親か、彼氏か。



比較対象は全て

恋愛なのがウケるゲラゲラ←



今の私は、 

精神的に成長をして

もう幼い時の私ではない。



親はきっと

一生、私の事は子供扱いするけれど

もうそこに合わせる必要はないんだ。



いつまでも、

「子供」を演じなくていい。



もうそこに

捕らわれなくていいんだ。



それは、

親を裏切る事でもなければ

突きはねるものでもない。



本当の本当に、



私は、

やりたい事をやっていい。



何者かに

なろうとしなくてもいい。



私は、

私のままで生きていい。



最高に

ロマンチックで

ドラマチックな人生を

ここから歩んでいこう。



三浦明美