2018年2月25日 福岡ヤフオクドーム
namie amuro Final Tour 2018~Finally~
2018年3月18日 さいたまスーパーアリーナ
エレファントカシマシ 30th ANNIVERSARY TOUR "THE FIGHTING MAN" SPECIAL ド・ド・ドーンと集結!!〜夢の競演〜
Nulbarich ONE MAN TOUR 2018
“ain’t on the map yet”
とりとめもない話し。
好きなものって結局あんまり変わらない。
身体障害の認定を受けるくらい身体が動くなったこのときも、ユニコーンの復活ライヴに行きたくて、それが原動力になってリハビリ頑張れたし。
今年は、月一回はライヴに行きたいなと思っている。
がっつりバンドブーム(正確には80年代後半の第二次バンドブーム)だった中高生の頃は
おこづかい=ライヴ代
学校を早めに抜け出して、途中で制服から私服に着替え、替えのTシャツを握りしめ、ライヴ会場へダッシュ。
あの頃のコンサートスタッフ(バイトのお兄さん)は、いまどきあまり見かけない、いかつい感じの人も多くて、ステージ前のロープで押し合いになってよく怒鳴られた。
たまに「どさくさにまぎれて胸触ってるでしょ」みたいなのもあったけど、今となっては、それも青春時代の思い出(笑)
そんな好きが高じて地元のFM局に就職するのだけど
自分の“ダメ”なところばかりが気になって(よく怒られてもいた)
好きだったはずの場所から逃げ出すことばかり考えるようになっていた。
わたしが 入社したのは
スピッツがデビュー3枚目のアルバム『惑星のかけら』
ミスチルはちょうどミニアルバム「EVERYTHING」でデビューしたばかりの頃で
両バンドとも まだ大きなヒットを飛ばしていなかったので、プロモーション活動は音楽と関係のないボーリング大会やソフトバレー大会みたいなものもやってくれていたと記憶している。
約1年後 1993年
スピッツは『君が思い出になる前に』
ミスチルは『CROSS ROAD』をリリース
彼らより少し早くデビューし、異彩を放っていたエレカシは『奴隷天国』をリリースした頃で、自分たちらしさを追求し次のステージへ飛び立とうとしていた。
四半世紀後 2018年
彼らの前には数万人が集まっていた。
以前、スピッツの草野マサムネさんは
「大きな舞台に立とうと目標を立ててやってきたわけではない」
「自分たちよりもかっこいいバンドにたくさん出会ってきた。でもそんなバンドでも色んな事情で続けられないこともあるなかで…もし、音楽の神さまがいるとしたら、何かの役割を与えていただけるのなら、それを全うして続けていこうと思っています。」
と、ライヴで語っていた。
この日 一緒にステージに立った3バンドは、あの頃と見える景色は変わったけれど
好きなことをコツコツやって
他力は当たり前だけど当たり前じゃないことを知っている
そんな姿は、あの頃と変わらないんだなと思った。
そして、彼らの前に数万人がいるわたしが見ているこの景色を、あの頃のわたしにも送ってみた。
〈2018年3月18日 セットリスト〉
よく“今”「二極化」とか「列車に乗り遅れる」的な話しを見かけるけれど
“今”って…発信した人、受信した人のタイミングで“今”だから、ずっと“今”
大切なのは、そのメッセージを受けとったときにどうするのか。
(今”「二極化」とか「列車に乗り遅れる」的なメッセージは何年もの間に何回も目にしている。そのくらい何度も何度も「今 やるんだよ」って自分が教えてくれてるんだ。わたしはわたしをあきらめないんだ。)
あの頃のわたしは、「どうせ…」と自分にダメ出ししたり、「こうするべき」というルールにガチガチに囚われていて
『本当は乗りたかったもうひとつの列車に乗らなかった』
それがステージの上の3バンドと客席の自分の距離なんだなとライヴを見ているときに思った。
“今”わたしがやることは、それを悔いるのではなく
それに気づいた“今”わたしがどうしたいのか…その願いを叶えてあげること。
引退する安室ちゃんも、30周年を迎えた(まもなく迎える)エレカシ、スピッツ、ミスチルも、この春 初のホールツアーがスタートしSuchmosも、11月日本武道館単独公演が決まったNulbarichもまた新たな次のステージへ羽ばたいていくんだなあ。。。
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