昨日は良いお天気でした。

最近また気温が上がり始め、春らしい陽気になって来ました。

お花見もこれが最後かな。





お義父さんがだいぶ弱って来ていると聞いて、次女も連れてお見舞いに行きました。


2週間程前にかなり苦しそうになって大学病院に受診したと義姉から夫に連絡があったそう。


先週私が実家に帰省中だった時に夫が1人で様子を見に行ったら、その時はまだ起き上がって話すことは出来たけど、更に痩せてしまっていて(一年で20㎏以上痩せてしまった)、買って行った「かつや」の豚汁をやっと食べられる程度だったとのこと。



今は訪問診療になって楽になったそうですが、大学病院では診察を待っている間も起きていることが出来ず、横にならせてもらっていたくらい弱っていた。



大学病院の医師からは

「肺がボロボロなので、もう手の施しようがない」と、本人もいる前で何度も「肺がボロボロ」と繰り返すので、「今度言ったら殴ってやろうかと思ったムキー」と義姉。



訪問診療に変えてもらう診断書を書いてもらい、今の医師は慣れているのか、気遣いしてくださっているらしい。



医師になる人には、勉強が得意な人が多いので東大でも医学部が一番偏差値が高いから目指すだけで、他の学部が最高峰であればそちらを受験するだけ、という人が少なからずいる、と受験YouTubeか何かで見た気がしますが、この高齢化社会では医師にしてみれば何度も繰り返されて来たことなのでしょう。



お義父さんは間質性肺炎になってしまい、そのせいで肺が弱っているので、あまりたくさん話せないのですが、

「年金のこととか、色々考えると頑張らないといけないのだろうけど、本当はもう苦しいから、もういいんじゃないかと思うんだ」

と苦しそうに言われました。


「お義父さん、そんなに苦しいの?」

と聞くと

「苦しい」

言葉が見つかりませんでした。




年金のこととは、お義母さんの生活と義姉もまだ働いているものの、未婚で家にいるので(それで助かっている面もある)後に残される者のことを心配しているのです。



こういう話は今は日本中にあるのでしょうが、産まれる時も選べなければ、死ぬ時も選べないのはつらいですね。

夫の実家から見れば他人の私が口を挟むことではないですが、大切にされているものの、義父が気の毒になってしまいました。



うちの実家で飼っていたロングヘアーチワワが亡くなる時も、小学生だった孫たちが学校から帰って来るまでもたせてほしい、と父が獣医にお願いして無理に延命させたと聞いて、ちょっと利己的で残酷じゃないのかと感じたことを思い出しました。



義父はまだ話すこともできるし、普通のご飯も食べられるので、今すぐどうこうでもないのかも知れませんが、弱った体で呼吸しにくい苦しさにいつまで耐えなければいけないのか…



そんな状態でも

「札幌のお父さんはどうだった?」

と、義父も義母も気にかけてくれて、優しさがありがたかったです。




仕事帰りの目黒川。

どんどん日が暮れて行きます。



去年井の頭公園にお花見に行ったことが昨日のよう。

月日が経つのが最近早すぎる。