RYT200終了後、
「原田さんのイメージにぴったりです」と、
パク先生がスピリチュアルネームをくださいました。
いただいたネームは、“Karuna”です。
Karunaの意味、すこし調べてみました。
Karuna (カルナー) 悲 : 他者の苦しみをなくしてあげたいという優しさ
自分の子供が病気になったり事故にあったとしたら、母親はどういう気持ちになるでしょうか。すごく純粋に、早くその子を助けてあげたいと思うでしょう。それがkaruna の気持ちです。子供がケガをしたら、母親は落ち込んでなどいません。急いで抱っこして、病院まで走って行くのです。病院が閉まっていてもめげません。かなり活発的です。そのように、心から人を助けようとする人は、とても明るく元気で活発な状態になるのです。相手を助けてあげて「ああ疲れた」とマイナスには思いません。「よかったよかった」と、自分が何かできたことを喜ぶのです。そういう優しい気持ちを育てて、不幸になるはずがありません。
karuna は、「かわいそう…」と感情的になることではありません。感情的になると理性がなくなって、智慧が現れなくなるのです。たとえば「家族を放っておくとかわいそう」など感情的な理由で修行をやめたりすることは、理性的ではありません。慈悲の人は自己犠牲的な生き方はしません。お互いに良い道をさがします。理性的に自他のために活発に行動し、巧みに生きる人が慈悲の人です。感情は悩み苦しみの原因です。仏教では、感情を慈悲喜捨の心に入れ替えることを奨めます。慈悲は、智慧が発達するためにも必要で、自我をなくす方向にはたらきます。
karuna の慈悲心を育てる実践法があります。「私の悩み苦しみがなくなりますように、私の親しい人々の悩み苦しみがなくなりますように、生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように」と念じて、karuna の気持ちで心を満たすのです。karuna は、人を助けてあげることが好きな人に育てやすい心です。また、ものごとを後回しにする怠け者には良い薬になります。明るく行動的になりたければ、karuna を育てるといいのです。karuna を実践すると活発になる上に、楽しさと充実感を感じて生きていくことができます。
次に、「私の嫌いな人々の悩み苦しみがなくなりますように、私を嫌っている人々の悩み苦しみがなくなりますように」ということも念じます。これは、実生活の中でも、できるだけ実践してみるといいのです。たとえば、こちらは何もしていないのになぜか意地悪をする人がいたとします。そういうことをする人に対して腹を立てて憎むのではなく、「この人の悩み苦しみがなくなりますように、この人も幸せでありますように」と念じて、できれば助けてあげるのです。嫌な人に対して慈悲の心を育てると、強い慈悲心が生まれるのです。また、その時は見返りを期待する気持ちはないのだから、純粋な慈悲を育てることができます。それは嫌な人の仲間になるということではありません。自分を攻撃する人に対して怒らず、逆に心配してあげるような、優しい心を育てることなのです。「無知な愚か者に対して攻撃するほど愚かな者はいない」という釈尊の言葉があります。「怒る人に対して怒る人は、より悪い」そういう考え方でなければ、この世の中は幸福になりません。相手は愚か者だから攻撃するのです。自分が幸せになりたいのに、正しい方法がわからないのです。だから、憎むのではなく、心配してあげるのです。
そのように、仏教では、自分の敵に対して憐れみを実践することを説きます。「自分に害を与えた嫌な人を助けるなど、そんなことができるわけがない」と言う人がいますが、試して悪いことではありません。どんな悪人でも生命なのだから、幸福でいて何が悪いのでしょうか。賢者はそのように考えるので、「敵」は誰もいないのです。
ジャータカ物語(釈尊の前世物語)には、菩薩が自分をひどい目に遭わせた相手を助ける話がいくつもあります。自分が優しくしてあげた相手に殺されて死んでしまう話さえあります。ジャータカ物語の中の菩薩は、仏教徒の生き方のモデルです。大切なのは善い生き方をすることです。それによってたとえ殺されたとしても、別にたいしたことではないのです。人はいづれ死ぬのです。憐れみの心で悪人を助けてあげて死ぬのであれば、その死は無駄ではありません。それどころか、それこそ、真に立派な人にしかできないすばらしい行為ではないでしょうか。