うまく言語化できるかわからないけど
急に書きたくなったから書く✨
最近気づいたこと。
どう行動するか決める時
例えば
行く?行かない?
決める?決めない?
買う?買わない?
これを
他者目線で決めてる人は
お金がなくなりやすかったり
うまくいかなったりすると思う。
例えば
「行った方がいい」
とか
「うまくいきそう」
とか
「あの人がすすめてくれたから」
とか
そういうものが他者目線。
でも、そこで
「本当の本当はどうしたい?」
って聞くのも一つの手
例えば
・お金があったとしたら?
・誰にも文句言われずに大絶賛
されるとしたら?
そういう問いを自分でたててみる。
でも、
私はそうしてみても
なかなか決めるのが難しかった。
そして決めたとしても
その後怖くて不安で
「本当に大丈夫?」
「大丈夫じゃなかったら?」
っていつも思ってきた。
それは何でかな??
と思った時に
今感じるのは
圧倒的にそうやって
決める回数が少なかったから。
大きい決断は
そうやって決めるけど
日常で
「本当はどうしたい?」って
聞いてなかった。
朝起きる?起きない?
朝ご飯どうしたい?
夜ご飯作る?
無限にあるのに
そこはずっと無視してた。
次は
なぜそうするのか?
目的は?
という視点が抜けてた。
行動するには
どれも理由があるはずなのに
理由をすっとばして
「何となく」決めてた。
この「何となく」を続けていたら
何が起きるか。
「直感」なのか
「惰性」なのか
「知的判断」なのか
「やってみたい(トライ)」なのか
わからなくなる。
だから
大きい決断でも
自分の意図がわからなくて
モヤモヤする。
あと一つ
その普段から
手前の気持ちを無視してるのに
その時ばかり
「本音」を一発で見つけようとしてる。
「本音」は隠れてる
どんなに「本音」を尋ねても
「思考」なのか
「本音」なのか
わからないのは
普段
「本音」は「思考」と「感情」
と「知識」や「常識」の陰に
隠れてるから
どうすればいいか。
これは
「思考」と「感情」
を感じまくるか
出しまくるしかない。
だって
出してみないとわからないから。
頭の中にはいつも
それがぐちゃぐちゃに詰まってる
要するに
何事も練習ってこと。
最後に
やってみてどうだった??
って聞く
そう。
行動した後
それを自分に聞くのが
めちゃくちゃ大事!!!
正解、不正解がわかるのは
私だけ
失敗してもいい
それは
「私は嫌だった」
「本音じゃなかった」
「楽しくなかった」
っていう
ただの私を知るパーツの一部でしかない
それは
やる前より深く自分を知れた
ただそれだけ✨
そうしてきたから
今では
不安でもいいやって思てる✨
みんなもやってみて!
自分じゃ難しいんだよ
っていう人は話にきてね
