前回
今月は1週遅れの第4金曜日の今日になりました。
雨模様の温かい日です。
会場の会議室が使用中でしたので、
併設されている
小形かおり市議のお部屋をお借りしました。
同志Tさんの絵も飾ってありました♪
いつものメンバーが集まり次第
早めにスタート!
その前に
「剰余価値」というのは
マルクスはどんな言葉でいったんですか?
という私の質問に…
Y氏が説明とともに書いてくださいました。↓
(私がここに書いてください…と、お願いしたのです。
)
‶資本家は自由な時間、すなわち文明を、横領する”
(この辺がどうも掴み切れない…)
(摂取がなくなる…と、自由に処分できる時間が万人のものとなる)
「貨幣G-商品W-貨幣G'(G+ΔG)」における「ΔG」
これを見て
あぁ!…と、即頷くひとは無条件で尊敬しちゃいます。![]()
「剰余労働」は言い換えると「不払労働」
「不払労働」の方が単純に分かりやすいと思うが、
なぜ「剰余労働」を使ったのだろう。
「剰余価値」からの流れってことだろうか…
果てしなく考える…
無意味に考える…
面白い
『自由な時間』というものは
労働者自らがつくりだすことができるのか
与えられるものなのか…
要求すべきことなのか…
「コツコツ真面目に働いていれば、
食べるだけは食べていける」なんとことを、
昔は云ってました。
食べていけるだけ
そこには豊かさはなかった。
けれど今
「真面目にコツコツ」だけでは
食べていけない状況のなかに
多くの人がいることも現実です。
何を生産するのか
どう働くのか
資本家は必要ないのか
『自由に処分できる時間』
もしかしたら
もしかしなくても
『自由に処分できる時間』
これはすごいことかもしれません。
やっぱり
人はパンのみにて生きるにあらず
『自由に処分できる時間』
これはもはや人権問題…
言葉のややこしさに迷い
理解できた気になると
感動が胸中を満たす。
マルクスは面白い!
一緒に考えませんか?
自由に処分できる時間の使い方を・・・
次回
「マルクス学習会⑬」
「自由な時間」と未来社会論
―マルクスの探求の足跡をたどる―
P32≪五、『1861~63年草稿≫~
2025/04/18 (金)10:00~12:00
日本共産党札幌中央地区事務所にて








