H.さんの思い出話Ⅴ
『札幌のこと』
「石山通り」
山鼻小学校の脇は石山通りで、私が小学生の頃は砂利道だった。
歩道に当たるところは草地で、そこを開墾させられ、朝鮮朝顔を育てた。
学校前の小公園には、大きな柏の木があり、明治天皇が山鼻の開拓を視察に来られた時、「その木は何の木か?」と尋ねられたとかで、「お声掛かりの木」として厳重に囲ってあった。
天皇のために命を捧げよ!という時代でしたから、さもありなん。
当時 コンクリート道路は道庁前と、私が住んでいた坂下の浄水場の前の道だけだったそうです。
こども達は夏になると、脇の排水溝をせき止めて泳ぎ、コンクリート道路に寝そべって甲羅干しをした。
書き石を拾ってきて、ケンケンや陣トリをして遊んで。
当時は車も通らず、ある意味では、おおらかな時代でした。
記 H.
「書き石」懐かしい!私もよく拾って、道路に落書きしました!
「コンクリート道路」っていうのは耳慣れないことばですが…。
そういえば、むかしは、アスファルトも含めて「コンクリ」って言っていたような気がします。(笑)
「おらぁ 三太だ」はラジオで聞いていました~♪
花子の声はジュディー・オング!![]()
声に面影があります![]()
投稿者K.