◆米軍による間接統治
昭和25年にGHQが去り、昭和30年には「米国の傀儡政党・自由民主党」と「日本社会党」による【二大政党制(1955年体制)】がスタートしました。
米国にしてみれば、自民党を裏で操るためには「白人」ではマズいのね。日本は独立国になりましたから。しかし、同じ東洋人だと、肌の色が同じなので誤魔化すことが出来ます。
特に、日本で生まれて、日本で教育を受けていれば、言葉のイントネーションが同じなので区別ができません。そこで白羽の矢が立ったのは「在日朝鮮人の方々」でした。
★朝鮮戦争(1950~1953)
ここからは、朝鮮における最後の統一王朝【李氏朝鮮】について触れます。建国の王は『李成桂』。李朝の最後は1910年の日韓併合(当時は大韓帝国)です。
◆中国と李氏朝鮮
李氏朝鮮の時、隣国中国は「明」「清」の時代でして、両国の間には「冊封体制」がとられていました。
要は、現在の日米関係のようなものと云えば分かりやすいでしょう。中国は宗主国であり、李朝は逆らえない関係だったのです。(
ここ大事)
★冊封体制
冊封体制とは、中国の皇帝が、その一族、功臣もしくは周辺諸国の君主に、王、侯などの爵位を与えて、これを藩国とすることである。
冊封の冊とはその際に金印とともに与えられる冊命書、すなわち任命書のことであり、封とは藩国とすること、すなわち封建することである。(宗主国は中国という意味ね~)
周辺諸国が冊封体制に編入されると、その君主と中国皇帝との間には君臣関係が成立し、冊封された諸国の君主は中国皇帝に対して職約という義務を負担することとなる。
職約とは、定期的に中国に朝貢すること、中国皇帝の要請に応じて出兵すること、その隣国が中国に使者を派遣する場合にこれを妨害しないこと、および中国の皇帝に対して臣下としての礼節を守ること、などである。
これに対して中国の皇帝は、冊封した周辺国家に対して、その国が外敵から侵略される場合には、これを保護する責任をもつこととなる。
3世紀になると邪馬台国の女王卑弥呼が魏王朝から親魏倭王に封ぜられて金印を受けたのも冊封体制へ編入されたことを示すものである。(金印には諸説あり)
その後、朝鮮半島では百済、新羅がその対象とされ、唐代には新羅、渤海がその主要な藩国となる。しかし日本は6世紀以降はこの体制から離脱していた。
★朝貢外交(ちょうこうがいこう)
何らかの見返りを期待して他国の機嫌をとるような外交の姿勢を揶揄する言い方で、近代以前に中国の周辺諸国が中国の王朝に対して行った朝貢になぞらえた表現です。
簡単にいうと、宗主国への進物の献上です。貢ぎ物には色々あり、韓国芸能界などを見るとお判りになるはずです~
。
李朝滅亡から100年以上が経過した今、「今でも朝貢外交のはずはないでしょう~」と思われる方も多いと思います。
しかし、日本列島のあちこちの土地を中国人が購入している事実に、日本政府も、地方自治体も、法的規制をしていません。まるで「どうぞ~どうぞ~」という感じです。
また、外国人留学生(特に中韓)には優遇制度を設けており、日本人学生には、まるで恨みでもあるかのような不公平さです。オカシクないですか~![]()
(参考)
中国人留学生を優遇し、日本人を追い込む矛盾(2013年)
トップの「岸要蔵」は李成桂の子孫で、岸信介氏の祖父です。中国東北部の遼陽から田布施町にやってきました。
田布施システムの原点です。彼等は養子縁組をしながら、本名を隠していきます。
◎岸信介の父・岸秀助➡佐藤秀助(婿養子)
◎佐藤秀助・茂世夫妻➡岸信介(岸家に養子)と佐藤栄作
◎岸信介・良子夫妻➡信和(長男)、洋子(安倍氏の母)
(※昭和天皇の誕生日も4月29日。偶然ですか?)
◎李垠・方子夫妻➡李晋➡安倍寛に預ける➡安倍晋太郎
◎安倍晋太郎・洋子夫妻➡寛信、晋三、信夫
◎安倍信夫(三男)➡岸信和の養子➡岸信夫(前防衛相)
そして、古代中国では、西晋、東晋という国がありました。
安倍晋太郎氏も、安倍晋三氏も、共通する漢字は『晋』。中国からみましたら、日本は東に位置しています。
偶然なのかどうかは知りませんが、父・晋太郎氏、次男・晋三氏は、『東晋』のつもりで命名されたのでしょうか?
★過去記事
◆映画監督・東陽一さん死去
映画「橋のない川」の監督 東陽一さん死去(91)(1/24)
「サード」「橋のない川」などの作品で知られる映画監督の東陽一さんが21日午前1時52分、老衰のため東京都内の病院で死去した。91歳だった。和歌山県出身。(引用終了)
衆議院が解散したのは23日、その2日前に東陽一監督が黄泉の国へ旅立たれました。ご冥福をお祈りいたします~![]()
映画「橋のない川」(1992年 東陽一監督)



















