それ仏法、遥かにあらず、
心中にしてすなわち近し。
真如、外にあらず、
身を棄てていずくにか求めん。
【現代語訳】
仏の教え、つまり悟りの世界は、はるか彼方にあるのではありません。我々の心の中、すなわち誠に近いところにあるのです。
真理は、我々の外部にあるのではないのですから、自分の身体をさしおいて、それをどこに求めるというのですか?
【6と7の架け橋】人生の設計図(3)(2018/3/31)
この言葉は、空海の最晩年の著書といわれる『般若心経秘鍵』の冒頭部の一節です。
意味するところは、仏の教えや真理は自分の心の中にある、それなのにこの身体を捨てて、どこに真理を求めるのか、ということです。
この身は無限の宇宙に通じている唯一の通路であり、感覚は宇宙と交信できる唯一の「ことば」なのですが、人工的な環境の中で生活し、自然の身体感覚を失っている現代人にとっては、空海のこの言葉は無意味なものかもしれません。
『般若心経秘鍵』は、「般若心経」について空海が独自な理解を展開している作品です。
「般若心経」は、空の真理を述べている経典で、慈悲と救済を特色とする観音菩薩の深遠な智慧の完成が説かれている、と一般には理解されています。
仏母院(香川・多度津町)
(※空海の母、玉依御前の屋敷跡で、ここで空海を出産された)
ところが空海は、「般若心経」は、偉大な智慧を象徴する真言を説いているので、その「ことば」は大般若菩薩が瞑想の境地で悟った如来の智慧を表している、ととらえています。
大般若菩薩とは、すべての仏の智慧を生み出す母なる仏(仏母)です。
このことから空海は、この経典をすべての仏の智慧を説いている真言の経典、すなわち密教経典に他ならない、としているのです。(『日本人のこころの言葉・空海』)
今月の『高野山の法話』は、高野山で昔から伝わる「お照の一燈」のお話です。 一人の女性に起こった奇跡の出会いとは?
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