映画『風と共に去りぬ』(1939年)
風と共に去りぬ」出演、女優O.ハビランドさん(104)死去(7/27)
名作「風と共に去りぬ」などに出演し、ハリウッド映画の黄金期を支えた女優のオリビア・デ・ハビランドさんが、104歳で死去しました。
デ・ハビランドさんは、1916年、東京生まれ。南北戦争時代の白人貴族を描いた「風と共に去りぬ」で主人公の義理の妹役を演じたほか、「ロビンフッドの冒険」や「女相続人」など、黄金期のハリウッド映画に多数出演。(引用終了)
アグネス@agnes2001hisae
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2020年07月27日 15:57
27日は著名人の訃報が相次ぎました。
まず、大好きな映画『風と共に去りぬ』で、ヒロインの義妹(スカーレットの最初の夫の妹)を演じた女優さんが25日、お亡くなりになりました。104歳というご高齢でした。
いやはや、映画の出演者全員が他界されていたと思い込んでいたので、驚きました。なお、ご両親がどんなご職業だったかは分かりませんが、ハビランドさんは東京生まれということです。![]()
南北戦争を背景にした映画です。昭和14年(1939)に制作されていますが、太平洋戦争開戦(昭和16年)の2年前に作られたのです。
アトランタ市街が大火災の中、主人公たちを乗せた馬車が、崩れ落ちる建物を背景にして通り抜けるシーンを見ると、「米国にやられたのは当然!」と思いますよ~。『こぼれ話』をお読みください。
(参考)
映画『風と共に去りぬ』(Wikipedia)
オリヴィア・デ・ハヴィランド(Wikipedia)
◆こぼれ話
太平洋戦争の緒戦において、日本軍による被占領地となった上海、シンガポール、マニラなどで、主に軍隊関係(陸軍中野学校出身者)の日本人がこの作品(他はディズニー映画)を見る機会を得たが、「こんな映画を作る国と戦争しても勝てない」と衝撃を受けたという。小津安二郎や徳川夢声もシンガポールでこの映画を観ている。(wikiより)
ファッションデザイナーの山本寛斎さん(76)が死去(7/27)
山本寛斎さんは今月21日に急性骨髄性白血病のため、亡くなりました。葬儀はすでに近親者のみで行い、今後「お別れの会」を行うことも検討しているということです。(引用終了)
次に伝えらえた訃報は、国内だけではなく世界的にも有名なファッションデザイナーである山本寛斎さん(76)が、21日にお亡くなりになりました。
寛斎さんは横浜市出身、奥様は一般人のようですね。娘さんに女優の山本未来さん、異母弟に伊勢谷友介さんがおられます。
歌手の弘田三枝子さん死去 「人形の家」が大ヒット(7/27)
昭和44年に大ヒットした「人形の家」などの曲で知られ、NHKの紅白歌合戦に合わせて8回出場した歌手の弘田三枝子さんが今月21日、心不全のため千葉県内の病院で亡くなりました。73歳でした。
東京の出身で小学生の頃から米軍キャンプで歌い始め、昭和36年、14歳のときに「子供ぢゃないの」で歌手としてデビューしました。ダイナミックな歌声から「パンチのミコちゃん」と呼ばれて親しまれ、翌年に発表した「ヴァケーション」や、「ナポリは恋人」などのヒット曲を歌いました。(引用終了)
そして、昭和の歌謡史では歌唱力抜群と言われた弘田三枝子さん(73)が、寛斎さんと同じ21日にお亡くなりになりました。同時代に活躍された梓みちよさん(76)が本年1月に他界されています。
弘田三枝子さんといえば「人形の家」ですが、お若い頃とは風貌がガラッと変わって登場されました。抜群の歌唱力、パンチ力、英語力は米軍キャンプで鍛えられたものです。歌唱力は天性かな?
後年、整形中毒と噂され、徐々に声量が衰えてきましたが、彼女が大活躍された頃の映像をご覧になってください。現在の歌手には真似できません。
3人の方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。![]()
(参考)
弘田三枝子さん~『恋のクンビア』(1965)
昭和44年『第20回 紅白歌合戦』






