【空海の言葉】生あるものすべてが親である | 新MUのブログ

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2014年11月末をもって閉鎖した【MU(ムー)のブログ】の管理人です。
その節はお世話になりました。以前は時事問題を主に取り上げ
ましたが、各種事情により少しセーブします~♪

【空海の言葉】生死は輪廻するもの(2019/3/6)より

 

吾はこれ無始より己来(いらい)、

四生六道の中に父となり子となって、

いずれの生をか受けざる、

いずれの趣にか生せざる。

もし恵眼(えがん)をもってこれを観ずれば、

一切の衆生はみなこれ我が親なり。

 

【現代語訳】

わたしは、そもそもその始めも知らない昔から、胎生(哺乳動物など)・卵生(魚類・鳥類など)・湿生(虫など)・化生(天人や地獄の衆生など)の四種類の生きもののいずれかとして生を受け、父となり子となって、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天の六つの迷いの世界のどこかにいるのです。もしもすべてを透視する智慧の眼でもって生死輪廻の世界を観察するならば、すべての生きとし生けるものは、すべてわたしの親であることがわかります。(『教王経開題』および『性霊集』巻第八)

 

【空海の言葉】生きとし生けるものに報いたい(2019/8/11)より

 

空海はまず、輪廻転生するわれわれの生は、『四生六道』の生きものとして、父となり子なりとなってこの世に生まれ死にしているのであり、それが生死の実相にほかならない、と述べています。

 

そして、その実相が明らかにする智慧として、いわば仏の眼で生死輪廻のこの世界を見ることができるならば、すべての生きとし生けるものがすべて自分の親であることがわかるに違いない、と続けています。

 

 

この言葉は、四生六道のすべての生きとし生けるものたちに恩を感じ、その徳に報いなければならないことを意味しています。

 

世話になっている人に何の恩も感じないかのような現代の世相からすると、この言葉の素直さに空しさを感じずにはおられませんが、生きとし生けるすべてのものは自分の親であるという心こそ、いまもっとも求められるべき『心』ではないでしょうか。(『日本人のこころの言葉・空海』)

 

般若心経(現代語訳)

 

『般若心経』は本記事とは直接関係ありませんが、「春分の日」の翌日となる3月21日(旧暦・弘法大師空海御入定の日)にアップする予定の記事に『般若心経』が出てまいりますので事前にご紹介しました。関心のある方はお聴きになってください。では~ヘッドフォン

 

(過去記事)

量子は「色即是空、空即是色」(2018/1/13)

思い込みの枠にとらわれるな(2)(2019/2/27)