四国8の字の旅(4) | 新MUのブログ

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2014年11月末をもって閉鎖した【MU(ムー)のブログ】の管理人です。
その節はお世話になりました。以前は時事問題を主に取り上げ
ましたが、各種事情により少しセーブします~♪

四国霊場八十八ヶ所 第66番 雲辺寺

 

3月6日午前、高知自動車道~高松自動車道に入り、豊浜SA(観音寺市)で休憩しました。宿泊はこんぴら温泉の宿ですし、7日午前中に善通寺市に移動するスケジュールしか残っていませんでしたので、時間が空いてしまい、SA内にあります観光案内所で・・・

 

「この辺でお勧めの名所を教えてください~」

「琴弾公園はどうでしょう?」

「そこは以前行ってるんですよ~」

「そうですか・・66番札所・雲辺寺はどうですか?」

「あらっ、【66】とはいい数字ね!」

「ロープ―ウェイで登った山頂にお寺があります~」

 

 

ロープウェイに乗ってビックリ!全長約2,600m、山麓駅から山頂駅の高低差約660mを毎秒10mというスピードで山頂に到着する日本最大級の規模を誇るロープウェイだったのです。びっくり

 

雲辺寺(Wikipedia)より

四国八十八箇所霊場第66番札所で、所在地は徳島県であるが霊場としては讃岐の札所として扱われ、「涅槃の道場」の始まりで、八十八箇所中で最も標高が高い位置(標高911m付近)にあり、最後の「関所寺」である。本尊は千手観世音菩薩である。(引用終了)

 

(参考)四国八十八ヶ所霊場公式HP(雲辺寺)

 

五百羅漢像

 

国内旅行観光ガイド『名勝・史跡★百景』より拝借

 

毘沙門天展望館

 

雲辺寺の見どころは「五百羅漢」と、360度の眺めが楽しめる「毘沙門天展望館」です。様々な表情が魅力的な五百羅漢像、似ている人がいたような?・・・ウインク

 

(参考)第66番雲辺寺③ 五百羅漢像(歴史の小径さん)

 

大師堂

 

天正年間(1573〜92)に土佐の豪族・長宗我部元親がこの地の白地城に陣して雲辺寺に参拝し、裏山から眼下を望み四国制覇を目指したが、当時の住職に諫められた。雲辺寺の歴史にも消長はあるが、江戸時代になってからは阿波藩主・蜂須賀公の手厚い保護をうけた。千古の杉に囲まれ、雲に包まれながら法灯を守っている。(四国八十八ヶ所霊場公式HPより引用)

 

龍野城・「霞ちゃんはいないんですか?」(2)(2016/4/21)より

龍野城

 

NHK 大河ドラマ「軍師(黒田)官兵衛」より

 

 

フォロワーさんから教えていただいた蜂須賀氏とピエール瀧容疑者との関係は、大河ドラマで蜂須賀小六(正勝)を演じたそうです。小六は播磨国龍野城(別名・霞城)の城主です。

 

小六の子・蜂須賀家政は阿波藩主になります。一説に阿波踊りは、徳島城が竣工した折、家政が「城の完成祝いとして、好きに踊れ」というお触れを出したことが発祥とも・・・!?

 

(過去記事)

北北西に進路をとれ、そして・・【時の船】(2016/4/22)

気になることには意味がある(6)(2016/9/23)

 

ひろめ市場の店内(YouTubeの動画から)

 

3月5日夜に高知市にある「ひろめ市場」で夕食を摂りました。当時撮影したものではありませんが、白丸印の席に座りました。ひろめ市場は相席がひとつの楽しみなんです。社会学者の男性は千葉県から高知市に単身赴任中、お連れは東京から単身赴任中。

 

4人で1時間半ぐらい談笑した中で、四国の地理や歴史について教わりました。その中で、「蜂須賀氏がですね・・・」という発言があり、以前のブログ記事で蜂須賀氏を取り上げた記憶があるので、「蜂須賀氏ですか?」と聞き返したのです。にやり

 

 

本記事作成中に判明しました。蜂須賀小六(正勝)は、蜂須賀正利の長男として蜂須賀城(愛知県あま市蜂須賀)で生まれました。これで、播磨国と尾張国が繋がりました。

 

当初の計画にはなかった「雲辺寺」。蜂須賀氏に呼ばれたのか?毘沙門天さんに呼ばれたのか?あるいは考え過ぎなのかは分かりませんが、またまた登場してきたピエール瀧容疑者シンクロ。

 

四国8の字の旅(1)(3/9)より

 

そういえば、3月6日に66番札所・・・全て「3の倍数」です。国道33号線は高知市~四国山地部~松山市を走る一般国道、中央構造線と垂直に交わりますね。なんだか頭痛くなってきました・・・あせる