【再掲】直観力を養え | 新MUのブログ

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2014年11月末をもって閉鎖した【MU(ムー)のブログ】の管理人です。
その節はお世話になりました。以前は時事問題を主に取り上げ
ましたが、各種事情により少しセーブします~♪

「量子の世界」天災は忘れた頃にやってくる(1/30)より 

 

 

2015年7月の記事の再掲ですが、元々は旧ブログからの再掲でした。大自然の脅威が益々増大する中、犠牲者ゼロを目指すのは当然ではありますが、自然の力の前に人間は無力であるという側面も厳然とあります。最後は「自分自身の直観」が生死を分けることになると思っています。 

 

直観力を養え(出口王仁三郎)

 

神とは隠身(かくりみ)という意味であって、人間の肉眼でみられない存在、物質の尺度ではかることのできない世界をいうのである。ところが世間には、よく余に向かつて、「神をこの目で見せてもらいたい、そしたら神の存在を信じよう」という人がある。

 

だいたい「信」という字は人偏に言と書いてあって、真人の言を尊重し、聖人の言にしたがう心である。ところが今の世の人々は、「目に物を見せられ」なければ、人の言を信ずることのできない強情な心になっているが、その心はすでに「信」ではないということに気づかねばならぬ。

 

それで、余はつねにかかる人々につぎのように答えている。 

 

「人々は、くじらが大きな動物だというが、太平洋の真っ只なかには、脚の長さが二里もある大きないかが住んでいる。しかしてその脚にふれて、ときどき船が沈没することがあるが、人々はそれがいかのせいだとは気がつかない。またシベリアの広野には、雪や氷に埋れて二万年も三万年も眠りつづけている巨獣がいる。 しかしてなにも知らない人間たちは、その上へ鉄道をつけたり要塞を築いたりして気張っているが、その巨獣が一度目をさましてあくびをしたら、どんな珍事がおきるか想像だにできない。 いまかかる動物の頭をここに持ってきて君に見せたところが、はたして君にはそれがわかるだろうか。しかして神の御姿はもっともっと大きなものだよ」と。

           

肉眼や尺度で神を知ろうとすることは、群肓象評以上の愚かなことである。だが、「信」のある人、聖人の言を信じ聖典の教えを尊ぶ人には、野に咲いている一片の草花にも、空を飛んでいる一羽の鳥にも、神の力と愛をありがたく感得することができるものである。 

 

神の存在を否定する人々に、むつかしい理屈は禁物である。野に咲いている百合の花を見せて、もしその人が「美しい」といったら、それでよいのだ。その人は十分に神の存在を知っている人である。すなわち、その人は理屈で神を否定しながら直感で神の存在を知り、肉眼で神を見ないが、すでに魂のどん底で神のささやきを感得しているのである。 

 

しかして前にいったごとく、神は理屈で論ずべきものでなく、肉眼で見るべきものでなく、直感で知り心のささやきで感ずべき存在なのであるから、神を否定している科学者や理論家たちも、結局、科学や理論では神はわからないということを証明しているにすぎないのである。 

 

昔の人間は直感すなわち、いわゆる第六感が鋭かった。だが今日の科学は最低の直観を基礎として立てられたものであるがために、だんだんとその第六感をもにぶらしめてきたのである。それは人類にとってたいへんな損失であつて、どうしても今後の学問は科学的に人間の智慧を向上せしめるとともに、神より与えられた人間の直感力をいよいよ発達せしめて、両々相まって人類の福祉に貢献せしめるよう努力せしめねばならぬ。 

 

たとえば近代の建築家が、ただただ機械の精巧のみにたよらずして、わが国伝来の蟇目の故実を修得して、その両者を併用するようになった暁は、おそらく全世界を驚倒せしむべき建築界の革命をもたらすことができるであろう。 

 

その他すべての方面にわたって機械の能力とともに、わが日本人独特の直感力を益々発揮したときこそ、はじめて独自の超人的科学文明を、日本から全人類に教示することができるのである。 

 

日本の科学者たちは、一日もはやく欧米の糟粕にあまんぜず、伝統的大精神に目覚めて一大奮起すべき日にいたっていることに気がつかねはならぬ。これがすなわち吾人の称する皇道科学なのである。 (人類愛善新聞:昭和10年8月23日 引用終了)

 

オーラ-03

 

虫の知らせとか、直感的に何か感じても、理性で否定してしまいがちです。 「そんなバカなはずはない~」「絶対そんなことはない~」「科学で証明できないだろう」 

 

直観力、インスピレーションについては過去に何回か触れてきましたが、「ガイアの法則」を読み返してみましたら、新しい時代の入口には類まれなインスピレーションを受け取ることが多くなるそうです。それが後々の時代まで影響を与えるようです。

 

「ガイアの法則(20)」から抜粋します。 

地球は今、巨大なサイクルの夏至の期間に相当している。この時代に生まれた人々の思念は、後々の時代まで影響を与える重要な思念となる。あなた方は新文明の創造にとって最も重要な役割を担わなければならない。

 

東経135度地点にあるサムハラ神社

サムハラ

    

東経135度を中心としたフィールドは、聖なるリズムに共鳴する波長を持つ者にとって、創造的インスピレーションを感知しやすいのだ。この影響力は日本全土に及んでいるが、特にこの焦点の近域で誕生した人、生活した人の中にはそのタイミングによってはより強い影響を受け物事の進展が加速したり、人々の焦点となったり、類まれなインスピレーションを受け取ることがある。(引用終わり)

 

 「わが日本人独特の直感力をますます発揮したときこそ、はじめて独自の超人的科学文明を、日本から全人類に教示することができるのである。」 

 

王仁三郎のいう「超人的科学文明」というのは、要するに「みろくの世」ということです。直観力を大切にして、どんどん超人的科学文明を創造して行きたいですね。