未来につなぐ南紀熊野の自然
(関連動画)南紀熊野ジオパーク プロモーション映像
是非、関連動画をご覧ください。紀伊半島の地層に驚きます。
ジオパークとは・・・
地球科学的な価値を持つ遺産(大地の遺産、ジオヘリテイジ)を保全し、教育やツーリズムに活用しながら、持続可能な開発を進める地域認定プログラムである。ジオパークは、地球・大地を意味するジオ(Geo)と公園を意味するパーク(Park)とを組み合わせた言葉である。(以上、Wikipedia)
一枚岩(古座川町)
南紀熊野ジオパークの動画をみましても、紀伊半島の地層には驚かされました。熊野権現が降臨したのも頷けます。古座川町の「一枚岩」の看板は見かけたのですが、素通りしてしまいました。![]()
「ブラタモリ・高野山編②」より
後日談です。役行者の「母公堂」で40分ほど滞在したため奥の院入口・中の橋に着いたのが午後4時40分でした。御廟橋を渡った先に灯籠堂があるのですが、中の橋から30分は歩くことになり、扉が閉まるのが午後5時なために断念しました。![]()
そのことを主人が心残りで、「来月ひとりでいいから、また高野山に行ってくるかなぁ~?」と言い出しました。私は「そこまでしなくてもいいんじゃないの~。なんなら〇〇さんに聞いてみる?」となり、お名前は言えませんが、霊能力ある方にお聞きしてみることになりました。それが13日夜のことです。
(Tさん)
「今回はこれで十分なので、来月無理していく事はありません。再び学びたい気持ちになったら、その時に行かれればいいと思いますよ~」
「熊野・高野山の旅・熊野本宮編」(9/16)より
(アグネス)
「それと、不思議なことがありました。ナビ入力の間違いで役行者ゆかりのお堂に立ち寄り、翌日訪れた玉置神社の玉石社も役行者、その後山伏ご一行様に出会い、宿泊先のホテルでも一緒になりました。主人や友人からは『役行者自身ではないにしろ、そのたぐいの守護霊でも憑いたんじゃないの?』と言われているんですよ~(笑)」
(Tさん)
「たぐいじゃなくて、元々貴女はそうだったのですよ。時代は1340年~1380年(室町時代)のはずです。その頃、修験道のリーダーで、お弟子さんが500人いたみたいですね。」
(アグネス)「えっ?!足腰弱いのに修験道のリーダーですか?」
(Tさん)
「えぇ、そうですよ。紀伊半島の東側(海岸線)にいて、そのあたりでお日様に向かって法螺貝を吹いていましたね。将軍家(足利氏)と朝廷側との折衝に尽力したようです。金糸、銀糸の着物を着ていたように見えますから、かなり裕福な修験者だったみたいですよ。」
(アグネス) 「はぁ・・・ということは男性だったのですね~」
(Tさん)
「ハイ、そうです。今回のことは、そういった方々が故郷に錦を飾るという意味で懐かしき場所に行くのがお互いの目的です。双方の守護霊が『〇〇〇年ぶりにお会いできて、なつかしゅうございます~』と喜んで話しているんですよ~。僕も過去世が牧師と僧侶だったので、シスター、牧師さん、僧侶の集団と多く遭遇します。そういったご縁は、『来世で一目会いたい』という現れなんですよ~。」
(主人)
「ホテルのエレベーター内、食事時にも会ったりしたんですよ~」
(Tさん)
「いいことなんですよ。過去世の皆さんは高野山の方にも随分行ってらしたみたいですから、『みんなありがとう~』でいいんじゃないですか?11月1日から新年ですから、良い新年の準備になったと思いますよ~」
「熊野・高野山の旅・龍泉寺編」(9/15)より
この話を信じる信じないのはあなた次第なのですが、実は1年半前にも似たようなことを言われました。その時は修験道のリーダーとは言われておりませんでしたが、南朝北朝の和解に尽力したとは言われました。ただ、Tさんご自身は沢山お客様がおられますので記憶されておりませんが、こちらはしっかり記憶しています。
また、これまでに旅した県で石川県、和歌山県がダントツに多く、いずれの県も4回を数えます。紀伊半島の東側にいたという点にも合点がいき、多分、那智勝浦町周辺にいたような気がします。
「第二のヒトラーは誰か?」(7/3)より
ハウスホファーは日本に住んでいたことがあり、日本政府から「勲二等瑞宝章」を授与されています。外人さんとしては極めて稀なことで、その鍵は京都にある五つの政治結社です。彼はその中の「緑龍会」に属していました。熊野那智大社に行った記録もちゃんとあると、別の動画で仰っておりました。(引用終了)
(過去記事) 「忠実な官僚~アドルフ・アイヒマン(1)」(6/28)
「忠実な官僚~アドルフ・アイヒマン(2)」(6/29)
約3か月前にナチス関連の記事を続けて書きましたが、特にヒトラー、ナチスが好きでもないのに不思議な気持ちがしましたが、熊野那智大社に縁があったような気がしてきました。![]()
「熊野・高野山の旅・熊野那智大社編」(9/18)より
さて、500人の修験道の仲間がいたということが本当だとしますと、読者の皆さんとも過去世でご縁があったかもしれません。ここ最近のコメント欄への投稿では、記事とのシンクロ現象を報告されることが度々ありますが、シンクロニシティには何らかの意味があります。
エビデンス(証拠・根拠)のない話で申し訳ありませんが、何分にも目に見えない世界の話のことなのでご容赦願います。m(__)m






