【官報】
官報は、法律、政令、条約等の公布をはじめとして、国の機関としての諸報告や資料を公表する「国の広報紙」「国民の公告紙」としての使命を持っています。さらに、法令の規定に基づく各種の公告を掲載するなど、国が発行する機関紙として極めて重要な役割を果たしています。
官報は、明治16年(1883年)に初めて発行されました。当初、編集・発行業務は太政官文書局で行っていましたが、その後内閣官報局、内閣印刷局、大蔵省印刷局、財務省印刷局を経て、平成15年(2003年)4月以降は独立行政法人国立印刷局が行っており、行政機関の休日を除いて毎日発行されています。
≪黒い雪≫
総理執務室に、官房長官、内閣危機管理監、警察庁長官、防衛大臣が集まり、一同はソファに座っていた。内閣法制局長官も呼び込まれた。バックシートには、関係省庁の官僚が控えている。
「知恵を出せ、知恵を・・とにかくパニックの群衆をいったん押さえつけるんだ。使えるものは何でもいいから、押さえつけんといかん」
官房長官は上畑秀介内閣法制局長官を睨みつける。傍らで加部総理は、格納容器爆発直後の躁状態から一転、暗い顔で塞ぎこんでいる。何をどうしたらいいかわからないのだ。
「現行憲法のもとでは、いかんともしようがなく、超法規的措置として、何か命令を総理が発せられるであれば、それは私ども法制局の関知するところではなく・・・」と法制局長官は口ごもる。
「だから、知恵を出せといっているんだ!超法規的措置なんていったって、ダッカのハイジャック事件じゃあるまいし。法制局がリスクをヘッジするな、法制的なリスクを総理に負わせるんじゃない・・・法制局長官が考えるんだ、何のための法制局なんだ!」
官房長官は、再度、そう恫喝する。その横で、総理が突然立ち上がった。
「だから、戦後70年の節目の年に、日本国憲法を改正して、自主憲法としておかなければならなかったんです!」
大声とは似つかわしくない、うつろな視線を泳がせている。明らかに情緒不安定だ。こういう国家存亡の危機のときこそ、本当は、政権のリーダーの鼎(かなえ)の軽重が問われるのである。(略)
バックシートから発言する者がいた。資源エネルギー庁次長の日村だった。「私、一計を案じております・・・」(略)
総理の表情が急に明るくなった。「ひっ、日村次長、いってみろ!」再度、躁状態に急転した総理が発言を促す。
「戒厳令を復活させるのです」・・全員、絶句である。しかし、日村の発言のその先を聞かなければ、良いも悪いもいえない。日村は続けた。
「戒厳令は、内閣制度が始める前の明治15年太政官布告第36号で定められています。これは、戦後のGHQ占領下でのポツダム命令の一環で発せられた昭和22年政令第52号で廃止されています。廃止政令が昭和22年5月17日の官報に掲載されておりますが、この官報正誤の手続きをして、廃止の対象から外せばよろしいか、と・・・・」
みなが息を吞んだ。危機管理など考えたことのない平和ボケの政治家や役人には、日村の案にどう反応していいか、わからない。日村が腹心の原子力政策課長の畑山に、徹夜で研究させた案であった。
「奇策ではありますが、この手しかありません」
明治憲法下での法令の多くは戦後廃止されているが、明治憲法下で有効に成立した法令は、それが廃止されていない限り、日本国憲法下でも有効である。
官報正誤とは、本来、出稿した役所による「原稿誤り」か、印刷局のミスである「印刷誤り」かのいずれかとされる。そして、官報正誤の手続きで実際の法規範を変更することは、平時であればもちろん禁じ手・・・しかし、いまは平時ではない。
異論が誰からも提起されないことを確認して、日村は再度、口を開いた。
「官報正誤と戒厳令を直ちに官報で発してください。戒厳令は、あくまで一時的に国民の基本的な権利を制約するものですので、期間と区域を区切って発出することが肝要かと存じます。一都四県を対象に、差し当たり一週間だけ戒厳の宣告を発していただければ、暴徒も沈静化すると存じます。以上であります・・・」
全員がうなった。ここまでのことをスラスラ述べる日村は、畑山原子力政策課長に法制的な可能性を研究させながら、原発災害による首都圏のパニックという事態を頭のなかでシミュレーションしていたということになる。
上畑内閣法制局長官が慌てて日村の言葉を継いだ。
「官報正誤、大丈夫です。平成16年8月10日に閣議決定した内閣参質160第13号の質問主意書の答弁書において、内閣から国会に対し、次のように回答しております。
『官報正誤とは、法文の「表記上の誤り」、すなわち、実質的な法規範の内容と法文の表記との間に形式的な齟齬があることが客観的に明らかであると判断されるものについて、法文の表記を実質的な法規範の内容に則したものに訂正するものであり、実質的な法規範の内容を変更するものではない。憲法上、内閣は、法律の公布について責任を負い(第3条及び第7条第1号)、また、法律を誠実に執行することを職務としている(第73条第1号)ことから、実質的な法規範の内容と法文の表記との間に形式的な齟齬が生じている場合に、法文の表記を速やかに実質的な法規範の内容に則したものに訂正し、それを広く国民に知らせることは、内閣の当然の責務であるということができ、従来から官報正誤によってこれを行うことが慣例条認められてきているところである』
したがいまして、現下の状況に鑑みますれば、戒厳令が実質的な法規範の内容になっている、という判断で、官報正誤を行うべきと考えます」
議論の潮目を見て、いち早くその流れに乗る。上畑が、法制局長官の政治任用という荒波を乗り越えて、その地位に辿りついた所以であった。
(これにて本書の紹介は終わります。ご愛読ありがとうございました。)



