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ビートルズの楽曲を手がける株式会社EMIミュージック・ジャパン
(現:ユニバーサルミュージック合同会社)が制定。

(Wikipedia)より
60年前、1966年(昭和41年)のこの日、人気絶頂のイギリスの
ロックグループ「ザ・ビートルズ」(The Beatles)が初来日した。
ところで、ビートルズは宗教、階級、人種による
差別に、戦争に明確に反対してた。
そしてこんなエピソードがある。
🌙 九月十一日の空気
一九六四年九月十一日、
フロリダの湿った空気の下で、
ジャクソンビルのスタジアムには、
嵐の名残のようなざわめきが漂っていました。
白人席と黒人席を分けるという「当たり前」が、
まだ何の疑いもなく続いていた土地でした。
そこにやってきたビートルズ四人たちは、
派手なシャウトよりも先に、マネージャーの心配をよそに
ひとつの条件を置きました。観客を隔てるロープがあるなら、
コンサートをキャンセルする。と

リバプール港近く
🌫 静かな拒絶
「人種差別なんてばかげている。」
ポールのその言葉は、拡声器に乗って響き渡るより前に、
どこか祈りのような静けさを伴っていたはずです。
黒い肌も白い肌も、ステージから見れば、
同じ光を返す顔でしかない。
彼らが愛したリトル・リチャードやファッツ・ドミノの声は、
とうに境界線を飛び越え、レコードの溝から世界中に染み込んでいた。

リヴァプール・キャバーンクラブにて
その音楽に救われた若者たちが、今度は音楽を楯にして、
古い習慣をそっと押し返そうとしていたのです。
🌊 混ざり合う客席
やがてスタンドには、白と黒が縞模様のように、
あるいは波紋のように入り混じって座りました。
二万三千の息づかいが、同じ方向に
揺れはじめるとき、そこに並ぶ背中は、
もう「どちら側の人間か」を示す札を外されていました。

(Wikipedia)より
手拍子が重なるたび、見えない仕切りは
少しずつ崩れていきます。
音楽は、観る者を選ばない。
だからこそ、その夜の拍手は、
ひとつの国の古い掟を越えていく
試みの、小さな証人になりました。

(Wikipedia)より
🌌 もうひとつの九月十一日
後の時代に同じ日付は別の悲劇の
記憶と結びついてしまいましたが、

(Wikipedia)より
一九六四年の九月十一日は、
別のかたちで、静かに歴史を曲げた日で、
ロックによって、人種差別主義の壁に最初の
ひびを入れた、憎しみの線を一歩だけ後ずらしにした日。
宗教にも、階級にも、人種差別にも、戦争にも、
幼い頃から憧れた黒人音楽への敬意を通して「ノー」と
言ったその姿は、今も古い白黒写真の中で、
どこかあどけない表情のまま、微笑んでいます。

昔、買ったLPレコードの「特典」写真プリント
後書き
その時、9歳でビートルズのコンサートを見た
黒人女優のウーピー・ゴールドバーグは、
「まるで神の啓示だった。世界がパッと開けた気がした。
みんなが私に『ビートルズが好きだって? 白人になりたいの?』と
訊いてきた。でも私は、彼らを白人だとは見ていない。
彼らは『ビートルズ』!
「色なんて関係ない。私も私自身なのよ。
好きな格好をして、好きなように生きればいい。
私は彼らからそういう考えを学んだ」と後に語ってます。
最後までご覧頂きありがとう。
今日が良い日となり、
明日がさらに素晴らしい日となりますように
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https://www.instagram.com/naoo_kumagai/
一部撮影 文 熊谷
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ビートルズの楽曲を手がける株式会社EMIミュージック・ジャパン
(現:ユニバーサルミュージック合同会社)が制定。

(Wikipedia)より
60年前、1966年(昭和41年)のこの日、人気絶頂のイギリスの
ロックグループ「ザ・ビートルズ」(The Beatles)が初来日した。
ところで、ビートルズは宗教、階級、人種による
差別に、戦争に明確に反対してた。
そしてこんなエピソードがある。
🌙 九月十一日の空気
一九六四年九月十一日、
フロリダの湿った空気の下で、
ジャクソンビルのスタジアムには、
嵐の名残のようなざわめきが漂っていました。
白人席と黒人席を分けるという「当たり前」が、
まだ何の疑いもなく続いていた土地でした。
そこにやってきたビートルズ四人たちは、
派手なシャウトよりも先に、マネージャーの心配をよそに
ひとつの条件を置きました。観客を隔てるロープがあるなら、
コンサートをキャンセルする。と

リバプール港近く
🌫 静かな拒絶
「人種差別なんてばかげている。」
ポールのその言葉は、拡声器に乗って響き渡るより前に、
どこか祈りのような静けさを伴っていたはずです。
黒い肌も白い肌も、ステージから見れば、
同じ光を返す顔でしかない。
彼らが愛したリトル・リチャードやファッツ・ドミノの声は、
とうに境界線を飛び越え、レコードの溝から世界中に染み込んでいた。

リヴァプール・キャバーンクラブにて
その音楽に救われた若者たちが、今度は音楽を楯にして、
古い習慣をそっと押し返そうとしていたのです。
🌊 混ざり合う客席
やがてスタンドには、白と黒が縞模様のように、
あるいは波紋のように入り混じって座りました。
二万三千の息づかいが、同じ方向に
揺れはじめるとき、そこに並ぶ背中は、
もう「どちら側の人間か」を示す札を外されていました。

(Wikipedia)より
手拍子が重なるたび、見えない仕切りは
少しずつ崩れていきます。
音楽は、観る者を選ばない。
だからこそ、その夜の拍手は、
ひとつの国の古い掟を越えていく
試みの、小さな証人になりました。

(Wikipedia)より
🌌 もうひとつの九月十一日
後の時代に同じ日付は別の悲劇の
記憶と結びついてしまいましたが、

(Wikipedia)より
一九六四年の九月十一日は、
別のかたちで、静かに歴史を曲げた日で、
ロックによって、人種差別主義の壁に最初の
ひびを入れた、憎しみの線を一歩だけ後ずらしにした日。
宗教にも、階級にも、人種差別にも、戦争にも、
幼い頃から憧れた黒人音楽への敬意を通して「ノー」と
言ったその姿は、今も古い白黒写真の中で、
どこかあどけない表情のまま、微笑んでいます。

昔、買ったLPレコードの「特典」写真プリント
後書き
その時、9歳でビートルズのコンサートを見た
黒人女優のウーピー・ゴールドバーグは、
「まるで神の啓示だった。世界がパッと開けた気がした。
みんなが私に『ビートルズが好きだって? 白人になりたいの?』と
訊いてきた。でも私は、彼らを白人だとは見ていない。
彼らは『ビートルズ』!
「色なんて関係ない。私も私自身なのよ。
好きな格好をして、好きなように生きればいい。
私は彼らからそういう考えを学んだ」と後に語ってます。
最後までご覧頂きありがとう。
今日が良い日となり、
明日がさらに素晴らしい日となりますように
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一部撮影 文 熊谷
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