ジョンの35回忌 | ザスタのクマさん

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昨日は ジョン・レノン(享年40歳)の35回忌でした。
(ちなみに、惜しむらくは1980年12月8日、彼は一人の狂信的なファンに に射殺されました。)

しかし彼の残した歌は、古くなって忘れ去られてしまうどころか、その輝きを増すばかりです。

ご存知のとおり、彼は20世紀で最も成功したバンド・ビートルズのメンバーでバンド解散後、
ソロとして音楽だけではなく、奥様オノヨーコと供に反戦平和活動に活躍しました。


ということで、ジョンを偲んで旅した、彼ゆかりの地、
心を込めてドキドキ色彩の奇麗な写真に重点をおいて選んだ超超ビックリマーク抜粋です。

まずはジョンがその幼少期を過ごした、
英国リバプールにあるメンディプスと呼ばれるお家がこちらです。








幼少期のジョンとポールの家の近所にあるストロベリーフィールド。
(ニューヨーク市のセントラルパーク内にもジョンにちなんで、のちに同名の場所が造園される)

当時は孤児院で、ミュージシャンの慰問が良く行われており、
特にジョンが良く遊びに来ていたんだとか・・・

いまは閉鎖されますが、門の赤さがとても印象的でした合格







ビートルズが1961年2月9日にこの場所で初めてライブを行ったことで
世界的に知られることとなったキャバン・クラブ​。

ビートルズはこの場所でなんと計292回もライブを行いました音譜。

クラブの洞穴のような地下三階への階段の踊り場で、
白いCavernの文字がタングステンの光を受けて黄金色に輝いていた・・・







そしてドイツ、ビートルズが1960~1962年の一時期を過ごしたハンブルクの
複数のクラブでのキャリアは単に無名時代のビートルズの活動の場ではなく、
『ビートルズ』が名実ともに誕生した場所なのだビックリマーク

だから、のちにジョンは「僕はハンブルクで育った」と語っていた。

歓楽街レーパーバーンの『ビートルズ広場』に立つメンバーのオブジェは観光客に人気の撮影スポット。ここへ来たら誰もが、顔ハメならぬ全身ハメをついやってしまうという魅惑の場所です。もちろん、ドラムはリンゴ・スターではなくピート・ベストだし、ここには写っていないがちょっと離れたところにはメンバーのスチュアート・サトクリフがいます。

青空を映した、雨上がりのタイルが眩しい・・・








また、イギリス・ロンドンに戻って・・・

ビートルズといえば、数多くの名曲を生み出したアビー・ロード・スタジオを抜きには語れません。そして、彼らの最後のスタジオLP『アビイ・ロード』にこの名を使用しました。

このアルバムのカバー写真には、4人のメンバーがスタジオの入り口を
ちょうど出たところにある横断歩道を歩いて渡っている様子が写されていますクラッカー

お正月、人通りの絶えた水墨画の様な枯れた街並・・・







此処から、ビートルズ解散以降、ソロのジョン、ニューヨーク軌跡を追ってみます。

まずは、リバプールのマシューストリートの入り口「ハードデイズナイトホテル」の
壁面にあるニューヨークスタイルのジョンの像です。








(実はこの早秋、内密にニューヨークに1週間程行って来ました。)

ジョンが最期の幸せな生活をおくり・・・ 1980年12月8日が殺害された現場。

高級集合住宅ダコタ・ハウスの入口・・・








ダコタ・ハウス全景(裏側)








そのダコタ・ハウスの真向かい、ジョンにちなんで、セントラルパーク内 に
造園されたストロベリー・フィールズと名付けられた場所に
彼の有名な曲「イマジン」の一語がはめ込まれた石で描かれたモザイク記念碑があります。









記念碑の横で、喪服に黒のコサージュ姿で、テナーサックスを吹く人・・・

曲名はもちろん『イマジン』だった。ラブラブ

心より ジョンの冥福を祈ってます。

撮影 文 熊谷







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