人気ブログランキング参加中です、クリックお願いします。


我が国の航空は、昭和27年(1952年)の民間航空再開以来半世紀の間に目覚ましい発展を遂げ、
民間航空再開40周年にあたる平成4年(1992年)、より多くの皆様に航空に対するご理解と関心を高めていただくとの趣旨により、9月20日に「空の日」、
9月20日~30日に「空の旬間」が設けられました。
空は地に近かった
雨上がりの空を眺めていると、
雲の動きがいつもより生き生きして見えます。
旅の空を言葉に掬いたい時は、景色そのものより、
胸に残った気配を書くとぐっと深くなります。
空の低い国で
初秋であった。
オーストリアのザルツカンマーグートを、
列車はしずかに走っていた。
雨はたった今あがったばかりで、
窓の外には洗われた草原や、まだ水気を失わぬ森や、
鈍い銀色をした湖が、一続きの夢のように広がっていた。

その時、私の眼をいちばん深く捉えたのは、
山でも湖でもなかった。空である。
その土地は高原のせいであろうか、
空がひどく大地に近かった。
見上げるというよりも、空のほうから野や村へ、
そっと身を寄せて来ているように思われた。
雲は遠い天上のものではなく、
草の匂いのする地上のつづきとして、
峰のあたりから絶えず湧き、
流れ、また重なった。私はそのさまを、
ただ珍しいと云うだけでは済まされぬ心で眺めていた。

光はすでに衰えかけていた。空は晴天の青でもなければ、
華やかな夕焼でもない。ただ淡く、ひややかで、
静かな明るさを残しているばかりであった。
しかもその静けさの中に、雲だけが
生きもののように次々とあらわれる。

後から後から、どこにそれほどの源がある
のかと思うほど、尽きずに湧き出して来る。
その白さも灰色も、決して派手ではない。
けれども、衰えた光を吸い込みながら、
かえって深い陰影を帯び、名も知らぬ
思いを人の胸に落として行くのであった。

私はその車窓に凭れながら、空の美しさは、
青空と夕空にのみ属するものではないと知った。
晴れきった色も、燃えるような茜も確かに心を奪う。
だが、雨上がりの冷えた大気の中で、低く垂れ、
絶えず形を変え、黙って地上に寄り添う空にも、
また別の、もっとひそかな魅力がある。
世界中の空は、それぞれに
その土地の息をしている。
そうして人は旅のさなかに、
ふいに自分の知らない空へ出会う。
だから、今でも記憶の中では、
ザルツカンマーグート大地の
すぐ上に雲が生まれつづけているのだ。
最後までご覧頂きありがとう。
今日が良い日となり、
明日がさらに素晴らしい日となりますように
。
インスタフォロー宜しくお願いします↓↓↓
https://www.instagram.com/naoo_kumagai/
撮影 文 熊谷


青空と夕空、どちらに惹かれる?
▼本日限定!ブログスタンプ
我が国の航空は、昭和27年(1952年)の民間航空再開以来半世紀の間に目覚ましい発展を遂げ、
民間航空再開40周年にあたる平成4年(1992年)、より多くの皆様に航空に対するご理解と関心を高めていただくとの趣旨により、9月20日に「空の日」、
9月20日~30日に「空の旬間」が設けられました。
空は地に近かった
雨上がりの空を眺めていると、
雲の動きがいつもより生き生きして見えます。
旅の空を言葉に掬いたい時は、景色そのものより、
胸に残った気配を書くとぐっと深くなります。
空の低い国で
初秋であった。
オーストリアのザルツカンマーグートを、
列車はしずかに走っていた。
雨はたった今あがったばかりで、
窓の外には洗われた草原や、まだ水気を失わぬ森や、
鈍い銀色をした湖が、一続きの夢のように広がっていた。

その時、私の眼をいちばん深く捉えたのは、
山でも湖でもなかった。空である。
その土地は高原のせいであろうか、
空がひどく大地に近かった。
見上げるというよりも、空のほうから野や村へ、
そっと身を寄せて来ているように思われた。
雲は遠い天上のものではなく、
草の匂いのする地上のつづきとして、
峰のあたりから絶えず湧き、
流れ、また重なった。私はそのさまを、
ただ珍しいと云うだけでは済まされぬ心で眺めていた。

光はすでに衰えかけていた。空は晴天の青でもなければ、
華やかな夕焼でもない。ただ淡く、ひややかで、
静かな明るさを残しているばかりであった。
しかもその静けさの中に、雲だけが
生きもののように次々とあらわれる。

後から後から、どこにそれほどの源がある
のかと思うほど、尽きずに湧き出して来る。
その白さも灰色も、決して派手ではない。
けれども、衰えた光を吸い込みながら、
かえって深い陰影を帯び、名も知らぬ
思いを人の胸に落として行くのであった。

私はその車窓に凭れながら、空の美しさは、
青空と夕空にのみ属するものではないと知った。
晴れきった色も、燃えるような茜も確かに心を奪う。
だが、雨上がりの冷えた大気の中で、低く垂れ、
絶えず形を変え、黙って地上に寄り添う空にも、
また別の、もっとひそかな魅力がある。
世界中の空は、それぞれに
その土地の息をしている。
そうして人は旅のさなかに、
ふいに自分の知らない空へ出会う。
だから、今でも記憶の中では、
ザルツカンマーグート大地の
すぐ上に雲が生まれつづけているのだ。
最後までご覧頂きありがとう。
今日が良い日となり、
明日がさらに素晴らしい日となりますように
インスタフォロー宜しくお願いします↓↓↓
https://www.instagram.com/naoo_kumagai/
撮影 文 熊谷
