今日はコスモスの日『一輪の秋桜』 | ザスタのクマさん

ザスタのクマさん

あらゆるアート、デザイン、 特に写真が大好きなクマこと熊谷の作品集。

人気ブログランキング参加中です、クリックお願いします。


人気ブログランキングへ



何色の花が好き?


▼本日限定!ブログスタンプ


あなたもスタンプをGETしよう



コスモスの日は、恋人同士がコスモスを添えて贈り物を交換し、
愛情を確かめ合う日とされる記念日です。

秋の野に咲くあの淡い花を思うと、そこへそっと人の心の影がさしこむ。
コスモスとは、まるで風に身を貸しながら、それでも折れまいとする
小さな祈りのような花である。

『一輪の秋桜』
異国の民泊の、雨あがりの窓辺に、その一輪はあった。
濡れた硝子はまだ空の涙をうっすらと宿し、

くもりの向こうの街は、水に溶いた絵具のように
ぼんやりとしていた。粗末な瓶に挿された
薄紅の秋桜は、すでに盛りを過ぎ、
葉の端をかすかに縮らせていたけれど、

それでもなお、消えかけの燭火が
最後のあかりを守るように、静かに咲いていた。






民泊の大家の老母が飾ったものかもしれない。
名も知らぬ老女の、言葉にならぬやさしさが、
その細い茎にしみこんでいるようで、

旅の身にはひどくあたたかく見えた。
花とは、ときに家そのものの心になる。


またある夕方、道を歩いていると、
道路の割れ目に咲く一輪の薄紅の秋桜を見た。
そこは土と呼ぶにはあまりに乏しく、
石と乾きと踏まれる運命とが寄り
集まったような場所であった。

にもかかわらず、その花は夕映えの中でかすかに揺れ、
壊れやすい小鳥の胸のように頼りなく見えながら、

じつは驚くほど強かった。





人はしばしば、力を大きさで量ろうとする。
けれど命のほんとうの強さは、こうした細いもの、
やわらかいもの、誰にも顧みられぬもののうちに、
かえって深く隠れているのではあるまいか。

その薄紅は、秋の光に透けながら、沈みゆく一日の果てで
なお、世界に向かって小さく生きていた。

窓辺の花も、道ばたの花も、どちらも同じように
か弱く見えて、実は人の心を支える見えない柱。

その一輪に、命のすごさと尊さと、
そして言葉より先に、胸へ届く優しさを見る。

命とは、華やかに栄えることではなく、
折れそうな場所でなお自らを開く事なのだと。

コスモスは風の花であるより先に、
沈黙の中で立ち尽くす勇気の花なのだと想う。






最後までご覧頂きありがとう。

今日が良い日となり、

明日がさらに素晴らしい日となりますように晴れ。

インスタフォロー宜しくお願いします↓↓↓
https://www.instagram.com/naoo_kumagai/
レタッチ  文   熊谷