全てが愛で満たされ、健やかでありますように

全てが愛で満たされ、健やかでありますように

奈良県でヒーリングサロンをしています。
スピリチュアルカウンセラーのacoです。
現代レイキマスターとしてヒーラーもしています。

赤ちゃんが欲しいあなたのために、
子育て真っ最中のお母さんのために
健康で長生きしたいあなたのために
愛と薬草を届けます。

はじめましてacoと申します。







奈良でスピリチュアルカウンセラーをしています。



ただいま3人育児の真最中!
様々な経験を元に、赤ちゃんが欲しい妊活中の女性を応援しています。




また異常なほどの健康オタク。
身体にケミカルな異物を入れない生活をストイックにしています。
なるべく自然なものを取り入れて生きる。
これが現代においては難しい。


赤ちゃんがほしい人
病気になりたくない人
アレルギー体質を改善したい人
健康で長生きしたい人

眠っている人達が、このブログに出会ったことで覚醒していってくれれば嬉しいです。



他にも
オーラの診断
前世をみたり
守護霊さまからのメッセージ
亡くなってしまった大切な人との会話、
ブロック解除、
レイキヒーリング
スピリチュアルカウンセラーとして
あなたが前を向くためのお手伝いをさせてください。

カウンセリングのご依頼は「今後の予定」をご参照下さい。








毎日ヒーリングも残すところあと1日✨


 


有難いことに

途中経過を報告してくださる方もいらして



俄然やる気の栄養源になっております


 

ちょっとご紹介させてね









不登校だった小学生の娘ちゃん

 

すごく頑張ってる!

というか頑張りたいんやね照れ


きっと彼女の中に潜伏していた


こうやって生きたい!という


本当の自分がやりたいこと


なりたい自分

 


その思い・心に


気持ちと身体が追い付いたんだと思う。



これまでは


こうしたいのに気持ちが追い付かない。

体が追い付かない。



できない自分をダメだと思ったり


そんなジレンマと戦っていたんじゃないかな。

 



自分の生きたい方向に、


自分の力で、自分のエネルギーで進めるって


本当に当たり前ではなくて、

ありがたいことなんよね。

 

がんばれ!応援してるよー爆笑





ちょっと私の話をするけど


私も不登校だった経験があってね

 



中学2年のころやったかな



授業中に我慢できないくらいお腹が痛くなったことがあって……



トイレに行きたい。


けど、授業を中断すしてみんなの注目を集めるのは恥ずかしい……


チャイムが鳴るまであと25分………


どうしよう……苦しい😭


窓もドアもあいてるのはずなのに

どこにも行けない……

まるで閉じ込められているみたいで


冷や汗が止まらなくて……


ここから出してーー!!!



ということをきっかけに

 


授業が始まると、心臓がドキドキ心拍数が上がるようになって、


またお腹が痛くなるんじゃないか



苦しんでる私を誰かが見て鼻で笑うんじゃないか


閉鎖された空間から逃げたい、なのに逃げられない

 


という不安が襲うようになってしまった




その不安は暗示のように、


本当に腹痛という形になって授業のたびに現れて


学校にいくのが恐くなり、とうとう遅刻や早退を繰り返すようになってしまった。




朝起きて、学校に行かなくちゃ!という気持ち



冷ややかに思えてしまうクラスメイトの視線



今日も学校に行けなかった、遅刻してしまったという罪悪感



テストや内申点どうしようという焦り



本当は毎日元気で学校に行きたいのに!!

身体が拒否反応をしめす怒り



なんて自分はだめな人間なんだろうという自己否定

 


いろんな感情がごちゃまぜの中学生だったように思う。

 




私の性格上、繊細で、空気を読むことも得意だったから


先生も含めて、学校のみんなが


「かわいそうな子」

「普通じゃない子」


として自分を見ているんじゃないかと決めつけていた


(今はそんなこと思ってない人が大半やよと言ってやりたい)



「自分は普通にはなれない」



その思い込みが余計に学校での居場所をなくさせた。

 



学校で唯一、ほっとできる場所が保健室だった。



保健室のおばちゃん先生は、すごく穏やかに私の話を聞いてくれて



アドバイスを押し付けるわけでもなく


命令、指示するわけでもなく、



話を聞いて、受け止めてくれて


次の行動をどうするか

(ベッドで休むか、がんばって教室に戻るか、早退するか)


私に決めさせてくれた。



頑張れそうなときは、軽く背中を押してくれた。

 




今、書いてて思い出したけど



ある日、友達だと思っていた子たちが影で悪口を言っているのを、たまたま聞いてしまったことがあって



普通にできない私は

ここに居てはいけない人間なんだ  



とショックを受けて


カバンも持たず、逃げるように学校を飛び出したことがあった。


(今の今までもう何十年もすっかり忘れてた記憶やわ)

 



で、家に帰ったけど、このままだとまた次の日学校に行かなくちゃいけない💦



連れ戻される💦


逃げないと!!


と、急いでリュックにパンと財布を入れて


家を飛び出した。



 

たしか、最寄りのバス停じゃなくて1時間以上歩いて、歩いて、バスに乗って、駅まで行った。



どこに行こうか悩んで

大阪のおばあちゃんの家に初めて一人で向かった



30分くらい電車に揺られて、駅についたものの



多分、冬やったと思う、日がどんどん暮れて真っ暗になっていって


母と歩いた記憶を頼りに祖母の家へとぼとぼ歩いた



方向音痴の私は、道に迷ってしまって


辺りは真っ暗になって



今みたいにスマホはなく

ただぐるぐる歩いて知っている風景がないか探して


完全に迷子になってて


不安で不安で


どうしよう……


誰かに話を聞いてもらいたい


助けてって言いたい




その時、真っ先に浮かんできた顔が保健室の先生



両親は常に心配してくれてはいたのだけれど、


当時私の心情を一番理解してくれていたのは


保健室のおばちゃん先生だった。



 

おばちゃん先生に助けを求めよう



公衆電話から、104?で学校の電話番号を調べて


保健室の先生に電話をした。



そこらへんが中学生というかまだ知恵が浅いというか、



学校に「○○先生いますか?」と電話をしたら




職員室がめちゃくちゃ大騒ぎになっていることに、この時初めて気づいた。




普段、居るか居ないかわからない生徒だから


自分一人くらい居なくなっても

大したことないだろう



誰も気づかないだろうと本気で思っていた。




職員室は

「見つかりました!本人です!」

と電話の奥で大騒ぎになっていて



この時に初めて、


あぁ、大変なことをしてしまったと後悔した。




公衆電話で、おばちゃん先生と少し話ができた。



先生の声が泣いていた。



大阪の祖母の家に行こうとして迷子になったことを伝えると



先生は、


「大丈夫やから、すぐに迎えに行くから。

誰かに駅までの道を聞いて、そこで待ってて」


と言った。



そこからの記憶が断片的にしかなくて



泣きながら駅まで歩いた事と


気づいたら校長室で、両親がいて、


校長先生たちに謝って家に帰った記憶。




みんな「よかった「よかった」と口々に言ってたけれど


何も良いことないよと心の中でつぶやいていたこと。

 


迎えに来たのが、おばちゃん先生じゃなくて、担任と学年主任だったことになぜか傷ついて

上手く喋れなかったことは覚えてる。




私にとって中学2年生は、


自分の弱さと真っ向から、とことん、どんだけっていうほど向き合った時間だった。

 



いつしか私は、保健室の先生になりたいという夢を持つようになった。



医者でもなく、学校の先生でもなく、心の傷を癒す養護教諭になりたい。



私もおばちゃん先生のように


心が弱っている子の話を聞いて、受け止めてあげたい。


そっと背中をおしてあげたい。


誰かの心に寄り添いたいという夢


 



それから、学校は休んでも、遅刻しても、勉強は頑張ろう



うちはあんまり裕福じゃないから、国立大学を目指して養護教諭の免許を取ろう!



というエンジンが自分に搭載されたのを感じた。

 




そこから、毎日学校に行けるようになりました!

という綺麗な話……だったらよかったのだけれど

 



その後


その年の奈良県の養護教諭の採用人数が0人で、絶望して心が折れた話や


環境を変えて再チャレンジするために、中3で転校した話なんかも、ネタの宝庫(笑)

 



結局、


その腹痛(過敏性腸症候群)は頻度は少なくなっていったけど


高校生の時も細く長く付き合っていたし、18歳くらいまで続いた。


(徐々によくなっていったんだけど未だに閉所は苦手だし満員電車は不安で乗れない💦)

 


今思えば、腹痛より、不安症の要素が強かったんだと思う。



 

そんな私の持論はね



学校は、命を削るぐらいしんどいなら、行かなくてもいいと思う



特に今の時代、仕事や生きていく術はいかようにもなる



ただ、「みんなと一緒のことがしたい」という想いがわずかでもあるなら


学校にいくことを頑張ってみてもいいと思う




1人でもがき苦しむのではなくて、


誰かに自分の気持ちを話して、


自分の中から苦しい気持ちをアウトプットしたり


言語化しにくい混とんとした気持ちを


よく、わからないでかたづけずに


途中経過でいいから

誰かに話す努力をすることが大切で



そして

どういう生き方がしたいのか


常に自分に問うことが、強く生きる秘訣なのだと思う

 



不登校の子の心に寄り添いたくて、養護教諭を目指したけれど、


結局、全然違う医療職についた。




けれど、そこで痛みや不安を抱える患者さんの心に寄り添うカウンセリングを徹底的に学んだ。




毎日、フルで働きながら吐く程勉強して


思いのほか優秀やったみたいで、その道を昇りつめていくと



講演会の依頼がきて、登壇するようになり


患者さんとのコミュニケーション、カウンセリングを出版してほしいと依頼が来て


本まで出すことになった。




久しぶりに、開いてみた。


この頃は

治療だけでなく、カウンセリングを通して

患者さんが元気に笑顔になっていくことにやりがいを感じてた。


天職やとも思った。



 結婚して、退職して、



紆余曲折あって

子どもを3人生んで



この先、何をしてどう生きたい?と自分に問うてみた。



 

私の中に


「人の心に寄り添って、元気にしたい、役に立ちたい」


というあのころと変わらない答えが返ってきた。




自分自身、不妊治療をして、流産をしてひどく傷ついた経験から



この力を使って、同じような人の心に寄り添って、元気にするカウンセラーになりたい!という想いが腹の底からわきあがった。

 



これまでのキャリアを全部捨てるのは勇気がいったけれど、


全く後悔はしていない。



むしろ、えいやー!と起業をしたおかげで、


何百ものカウンセリングを経て


数えきれないくらいの赤ちゃんがこの世に生まれてきてくれた。



今は、妊活さんだけでなく、いろんな方のカウンセリングをして、心と魂に寄り添うことができている。



もし、私が不登校じゃなかったら


おばちゃん先生と出会っていなかったら



もしかすると

スピリチュアルカウンセラーacoは誕生していなかったかもしれない。




不登校を経験したからこそ、たどり着けた今がある。

 



学校に行けなかったら、社会生活が送れない子になるんじゃないか



集団行動ができない子になるんじゃないか



このまま引きこもったらどうしよう



親が死んだあとはどうやって生きていくのだろう

 


そう悩んでいる本人や親御さんがたくさんいると思う。

 



将来の心配をして心を暗くするより


してほしいことは


何度も言うが


 

今、どうしたいかに常に注目すること

 

そして、どう生きたいかを自分に問うこと

 


いきなり何になりたいかは難しいので、



自分は何をするのが楽しいか、嬉しいか、



心が求めるものは何かに注目してほしい。



 

私の場合は


「人の心に寄り添いたい。傷ついた心を癒したい。元気にしたい。」


この核があった



なので、乱暴な言い方するけれど、


これを満たせる職業であれば、何でもよかったことになる。




どの職業がしっくりくるのか、経験しながら決めたっていい。



親が勝手に決めない。指示しない。選択肢を用意するのはいい。



一発で正解をださなきゃいけないルールはない。



人生100年、何度失敗したっていい。



人からどう見られるかじゃない。



自分の中の核を見つけて、本当の自分を満たしてあげられる生き方をしてほしいと思う。