今までのお話し ![]()
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美生と父親のレンの間に、心地良い沈黙が広がっていた。
それは今、2人が立っている梓川の土手の汚れのない空気が、
そうさせているかのようだった。
レンは自分の出した宿題の答えに美生が、どういう回答をするのか、
彼女が話し出すのを、優しく見守りながら待っている。
ーーパパは私の答えを、待っていてくれている。
今までだって、パパは、こうやって私のことを、
そっと見守ってくれていたのかもしれない。
美生は自分の胸が熱くなるのと同時に、とてもくすぐったい気持ちになった。
「 パパ・・・・。
ありがとう・・・・。 」
「 なんだ?
いきなり・・・? 」
明らかに照れて、戸惑うレンに、美生は微笑み、静かに深呼吸をすると、
「 私の名前は ”美生” 。
この名前はパパが命名してくれた。
よく学校でクラスの子に ”みう” という読みが可愛いとか、
”美生” と漢字にしても、綺麗な名前だって羨ましがられてた。
もちろん私自身も・・・今まで、ずっと気に入っていたんだよ。
うううん、これからだって、ずっと好きだと思う・・・。
それでね。
私・・・パパの出した宿題の答えがわかった時、
小学生の頃のことを思い出したの。
小学3年生の頃に担任の先生から宿題が出されたことがあって・・・。
”自分の名前が、どういう理由で付けられたか?” 。
その宿題は、私自身にも、特に興味のあるものだった。
そこで小学3年生の頃の私が自分なりに考えた答えは、
”美しく生きる”
”生きることは美しい”
でも他にも何か素敵な理由があるんじゃないかなって、私は期待して、
仕事から帰って来たパパとママに聞いたよね?
パパ、覚えてる? 」
美生の問い掛けに、レンが微笑んで頷くと、
「 そしたらパパとママは、口を揃えるように、
”美しく生きてほしいから” としか言わなかった。
”容姿が美しいだけでなく、汚れのない美しい心も持ってほしい” って、
補足してパパも言っていたね。
そのあとママが取って付けたように
”理由は、それで充分でしょ?” って言ってた。
2人の答えが期待外れで、私、ガッカリしたんだから!!
でもね・・・私、その時のパパとママの様子が変だったことも覚えてる。
私が名前のことを聞いた途端、2人とも、顔を見合わせちゃって、
やけに恥ずかしそうにしていた・・・。
だからね・・・私・・・パパからの宿題の答えがわかった時、
その頃のことを、真っ先に思い出して、納得できたの・・・。 」
「 そうか・・・。
美生の出した答え・・・もしかして当っている可能性があるかもしれないな。 」
「 パパから宿題を出された時、私、難しく考え過ぎちゃった。
もっと単純に考えたら、すぐに答えが出たのに・・・。
今までだって、気付いてはいたんだけど、
こんなのアリ?っていう思いもあって、それを答えから除外してた。
あんまりにも単純過ぎじゃない?と思えてしまって・・・。
でも・・・単純でも、私の名前は、とても深い・・・。
じゃあ・・答えを言うよ・・・。 」
感慨深い表情をし、自分を見つめてくるレンに、やや緊張しながら、
美生は答えた。
「 私の名前には・・・、私の中には ”いつもママがいる” 。
美生という名前は ”みお” とも読むでしょ・・・・。
パパは私に ”美生” と名付ける時、
成人して大人になった時の私が、ママのような女性になるようにと、
願いを込めた・・・違う? 」
「 美生・・・・正解だよ。
女の子の美生が生まれた時、父さん、すごく嬉しくって、たまらなかった。
生まれる前から、女の子だったら、
母さんみたいな女性に育ってほしいと願っていた。
なぜなら・・・父さんの中で、母さんは女性として一番だからだ。
すまない・・・いい歳して、父さん、恥ずかしいこと言ってしまったな。 」
「 うううん・・・恥ずかしいことじゃない。
とても素敵なことだって思う。
今でもパパはママを愛している・・・ママだって・・・・きっと・・・・。
そうでしょ?
そんな2人の間に私やお兄ちゃんは生まれた。
パパとママにとって、お兄ちゃんも、私も ”愛を形にした分身” ・・・。
パパが、私をママみたいな女性に・・・って願った気持ち、
今の私なら、わかる。 」
「 そんな風に言ってもらえて嬉しいよ。
父さん・・・美生が生まれてからの成長を、ずっと見てきていたら、
母さんが出生して成長していく姿を見ているように思えて、
少しづつ母さんに容姿が似てくる美生のことが眩しかったんだ。
だから、もっと、もっと欲が出てしまい、容姿や仕草、雰囲気だけでなく、
まるごと母さんのような人格になって欲しいって、
いつの間に強く願うようになってた。
でも・・・・父さんは間違ってた。
・・・・・・美生の本来の人格を無視してしまった・・・・。
それは美生が中学3年になってから、遅めの反抗期に入って、
自立心が芽生えた時に気付いたことだ。
頭から冷や水を掛けられた気持ちになったよ。
美生は美生・・・・母さんではない・・・。
父さんが、あんな宿題を出した理由は、
大人になった美生が答えを出した機会に、
自分の身勝手さ、浅はかさを謝りたかったからなんだ。 」
「 パパ・・・謝らないで。
もう、そんなこと、わかってる。
私は ”山下美生” ・・・ 私という個性を持った人間。
ママとはいくつか似ている部分はあるけれど、決して同じ人格ではない。
今、私らしく生きている・・・私も、やっと自分を見つけたの。
本来の私を取り戻すことができたの。
私は今の私が好き・・・。 」
「 ・・・美生・・。 」
「 もちろん私には、パパとママの血が流れてることも忘れない。
ママのような女性になって欲しいと願ったパパの愛情は、
強く感じられたの・・・だから感謝している。
だって・・娘の私から見ても、ママは素敵な人・・・。
歳を重ねても決して女を捨てていないし、仕事に意欲的で、
得意なお料理にだって、未だに新しいレシピへのチャレンジ精神がある。
それに・・・いつもパパのことを支えている。
自分のことは二の次にして、パパを大切に思っている。
たとえママと人格は違ってはいても、私・・・ママみたいな女性が理想に思う。
・・これでも私、大人になったんだよ!!
いつまでも子供だって思っていたら、大間違いなんだからね!
それに・・・さっきも言ったけど、
私の名前には・・・、私の中には ”いつもママがいる” 。
ママが寄り添って、私を守ってくれているような気がする。
こんないい名前を付けてくれて、パパ、ありがとう。 」
そして美生は遠くを見るような目をすると、
「 この場所・・・梓川の土手の大木の下で、子供だったパパとママは、
沢山の思い出を作った。
そのあとパパの家庭の都合で離れ離れになってしまったけど、
十数年経って、大人になってから、お互いのことを知らないままに、
運命的な再会をして、恋に落ち、
この場所で、パパはママにプロポーズをした。
私ね・・・高校生になってから、お兄ちゃんから、
パパとママの恋愛を聞いたの。
その頃から、ずっと憧れていた。
パパとママみたいな恋愛をしたいって・・・。
それで・・・・・・。
私も、ママのように・・・パパみたいな、真っ直ぐで正直な人を愛した・・・・。 」
「 柊也くんのことだね。 」
「 うん。
私は、柊也から ”私らしく生きること” を教えてもらった。
だから・・・心配しないで・・・パパ。
私はもう大丈夫。 」
自分の思いを一生懸命に伝える美生を見て、安堵の息を漏らしたレンは、
「 美生は強くなったな。
しっかりと地に足をつけている。
今回の冬休み、帰って来た美生の顔つきが、
今までと違うと感じてはいたんだ。
今の美生の顔、とても生き生きとしていて美しいと思う・・・・。
父さんと恋愛していた頃の母さんを思い出す。
今の母さんだって、父さんの中で、輝いているがな・・・。
・・・・・柊也くんのこと、美生は信頼しているんだろう? 」
頷いた美生を見て、一瞬、寂しそうな表情をしたレンだったが、嬉しそうに笑うと、
「 心から信頼する人がいるからこそ、美生は強くなれたんだと思う。
きっと今の美生なら、大丈夫だ。
父さんも太鼓判を押す・・・。 」
「 パパ・・・・。 」
美生とレンの間に心地良い風が吹きぬけた。
それは12月の冷たい空気を感じさせないくらい、爽やかさを感じる風だった。
しばらく2人は、その風の心地良さを感じ合ってはいたが、
「 さぁ・・・安曇野のお婆ちゃんの所へ行こう。
今朝、母さんが電話したら、早く美生に会いたいって、
お婆ちゃんが言っていたらしいぞ。 」
「 うん!!
お婆ちゃんに会いたい。
私、ここに帰って来るたびに、
お婆ちゃんから、ママの子供の頃の話しを聞くことが好きだったの。
今日、会ったら、また聞きたい。 」
「 行こうか! 」
「 うん!!
パパ・・・大好き・・・。
パパとママの子として、生まれてきたこと、
今・・・とても幸せに思っている。 」
美生は、レンの腕に、自分の腕を絡めた。
「 おいっ・・・美生・・・。 」
その腕をさり気なく、解こうとするレン。
「 いいの!!
何年か振りに、パパと、こうやって歩きたくなったの! 」
「 しょうがないな・・・わかったよ。 」
満更でもなさげな父親のレンの横顔に、
美生は恋人である森田柊也の横顔を見たような気がして、
そっと微笑んだ。
エピローグにつづく
( 来年1月9日更新の予定です )
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