ダッフィー 登場人物 デールダッフィー


ミッキー 中垣忠雄 ・・・ 当時30歳

             音楽界から干される

             物静かで大人しい


ミッキー 立石ソヨ子 ・・・ 忠雄の元妻 当時27~28歳

              事件のショックが大きく、精神を病む

              小学生の時に母親を亡くす


ミッキー 精神科医 ・・・ ソヨ子の担当医


ミッキー 中山康史(コウ) ・・・ ソヨ子の愛人

                 K音大で忠雄と同僚のピアノの講師だった

                 彼が育ってきた環境は・・・・はてなマーク



デールダッフィー 今までのお話し デールダッフィー


「プロローグ」


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響子の前から、音楽界から、社会から、姿を消した中垣は公の場には現れず、

誰にも知られない地で、ほとんど身を隠すような生活をしていた。
”響子と別れた理由” の中で、

忠雄には自分の犯した罪に対する一つの強い思いがあった。
それはソヨ子のこと・・・。
あの事件以来、彼女は精神的なダメージを受け、記憶障害になり、

最初の頃は、終始無言でボーッとしていたかと思うと、

時々、暴れたり、泣きわめいたりと、手が付けられない状況に陥るため、

精神科への入院を強いられた。
そんな彼女の身を案じた父親の立石は大きなショックを受け、自殺をした。
ソヨ子には母親がいない。
ソヨ子の母親は彼女が小学生の頃に、既に亡くなっていたし、

子供の頃からの行いの悪さが目立っていたソヨ子は、

親戚にすら見捨てられていた。

忠雄は、ソヨ子の置かれた状況を知った上で、響子と別れた後、

自分が責任を持ち、一生を掛けてソヨ子を看ようと決心し、

一日も欠かさずに、面会にも通い始めて、2ヶ月が経過していた。

それが忠雄のソヨ子に出来る ”唯一の償い” だった。

ソヨ子は閉鎖病棟の保護室にいた。

保護室とは鉄格子、分厚い扉があり、広さと雰囲気は独房のような部屋だった。

忠雄が面会に通うようになってから、ソヨ子は片言ながら話すようになったが、

彼女の精神は幼児に後退していた。

現実からの逃避による幼児返りにより、

彼女は小学生の時に亡くした母親に対する思いの強さから、口を開けば、

「 ママ~ママ~。 」 と連呼するようになった。

その度に忠雄は、何も言葉を返せずにいたが、

母親を恋しがるソヨ子を、あまりにも不憫に感じた彼が、クマのぬいぐるみを、

「 ママの代わりだよ。 」 と買い与えると、

彼女は肌身離さず胸に抱きかかえるようになった。

そしてソヨ子は、忠雄のことがわからないらしく、

彼のことを ”コウちゃん” と呼んでいた。

その ”コウちゃん” とは、

まさしく忠雄が殺めてしまったソヨ子の愛人だった ”中山康史” のことだった。

忠雄はショックを受けながらも、そう呼ばれることを否定せず、

”コウちゃん” として、ソヨ子に向き合っていた。

ーーソヨ子を、こんな状態にしてしまったのはボク・・・。

   今度はボクが、ソヨ子の自由を奪ってしまった。

   ボクが殺さなければ、今頃、ソヨ子は中山くんに愛され、

   幸せに暮らしていたのかもしれないのに・・・。

彼はソヨ子と面会するたび、心の中で泣いていた。

忠雄が殺めてしまった ”中山康史” という男は、

警察の調べによると、大きなスーパーを営んでいる家庭で育ち、

比較的に裕福だった。

だが元々子供が好きではなかった両親は、

自分達の仕事の事業の方ばかりに関心が強く、彼に対して無関心なため、

同居していた父方の祖母に育てられたが、

たった一人の理解者だった祖母も、

中山が小学生になったばかりの頃に他界・・・。

彼の心の中は孤独で、いっぱいだったため、

中学生になるのを境に、両親に反発するかのようにグレ始めた。

札付きのワルになり、傷害事件や盗み、強姦、バイクの無免許運転、

挙句の果てには、チンピラの下で危ない仕事までし、

罪をいくつも犯した上、少年院にも入っていた時期もあった。

両親は、それでも世間体を気にするばかりで、

中山の心の中の声に全く耳を傾けようともしなかったため、

彼は、もっと荒れたのだった。

でも小さい頃からピアノを習っていた経験があり、才能があった中山は、

高校3年生の春に、気まぐれに登校し、音楽室のピアノを弾いていると、

その時の担任だった音楽教師に、その力を認められ、

今までの彼の心の闇をも理解してくれたことによって、

更生をし立ち直ることができたのだった。

中山には ”自分の存在価値や力を認めてくれる人” ・・・。

ただ、それだけ・・・それだけが欲しかっただけだったのだ。

彼は、どんなに両親に対して、それを求めていたのだろう?

中山は猛勉強をして音大に入り、4年後に首席に近い成績で卒業すると、

ピアニストを育てる講師という道に進んだ。

それは傷害事件で指を痛めることが多く、

プロのピアニストになることが出来なかった自分の夢を、

学生に託したいという純粋な気持ちからだった。

そしてK音大で講師の仕事をするようになり、彼は忠雄に出会ったのだった。

プロのピアニストであり、立石教授の娘婿である忠雄。

その上、育った環境が、自分とは真逆で両親からの愛を注がれた忠雄に対し、

中山は羨望と同時に、激しい嫉妬心を抱いた。

それは後々中山の書いていた日記から、わかったことだったが、

中山は自分の手帳に毎日、短い日記をつけていた。

警察から見せてもらった、その日記の内容を忠雄は、忘れられない。

その日記には、忠雄のことばかりが書かれてあったのだった。

”立石忠雄・・・オレよりも、あんな弱々しい男が、

 なぜプロのピアニストとして成功した?”

”アイツよりも、オレの方がピアノの腕は上のはずだったのに・・・”

”もしかしてプロのピアニストになっていたのは、

 アイツじゃなく、オレだったのかもしれない”

”アイツを、どん底に突き落としてやりたい”

中山の忠雄への逆恨み的な嫉妬心が、

彼をまた心の闇へと呼び戻してしまったのだったが、

日記の最後の方には、自分自身に問い掛けるかのように、

”もしも・・もしも?

 オレが日本茶派ではなく、コーヒー好きだったなら、

 カフェ・クレッシェンドという場所で心を癒すことができたのだろうか?

 アイツのように、そこが ”自分の居場所” になっていたのだろうか?

 純粋で無垢な時代のオレに戻れたのだろうか?”

そして愛人であるソヨ子に対して、

”ソヨ子を本当に愛してしまった。

 最初は出世を狙って、ソヨ子に近付いた。

 オレは建前では悪ぶって、出世とソヨ子、両方欲しいと、

 よく彼女に言っているが、今は出世なんか、どうでも良くなった。

 ・・・ソヨ子さえいれば・・・

 オレが知った本当のソヨ子は、純粋で無垢で寂しがりやな女だった。

 それを隠すように強がり、わざと悪ぶる彼女が痛々しい。

 まるでオレに似ている・・・。”

ーー中山くんは、一生懸命に更生し、立ち上がろうとしていた。

   でもボクに出会ってしまったせいで、彼はまた・・・・。

   彼にはボクが生ぬるい男に感じられていたに違いない。

   どんなにボクの存在が疎ましかっただろう・・・?

   ボクは中山くんを苦しめた上に、命までも奪ってしまった。

   ソヨ子を本当に愛していた男だったのに・・・。

忠雄は自分ばかりを責めた。

そんな日々の中、或る日の面会の時、忠雄は、ソヨ子の担当医から、

これからのことで話しがあると、呼ばれた。

忠雄よりも、年上である中年の精神科医は、

小さなカンファレンスルームの椅子に座るように、忠雄に勧めると、

「 中垣さん、いつも立石ソヨ子さんの面会に来て頂いて、

  ありがとうごさいます。

  そのお陰で、ソヨ子さんの容態の安定が続いています。

  中垣さんが面会にお見えになる前は、

  とても手に負える状態ではなかったのに・・・。 」

精神科医は丁重に礼を述べると、言いずらそうに、

「 もうソヨ子さんの入院も、そろそろ3ヶ月になろうとしています。

  彼女の容態も目に見えて安定していて、良い状態に向っているので、

  退院させる方向で考えています。

  ・・・ですが、ソヨ子さんは日常生活に、一人では対応できません。

  よって保護者となる人が必要です。 」

忠雄は、精神科医が何を言いたいのかを理解した上で、

「 わかっています。

  ボクが退院してからのソヨ子を看ようと思っています。 」

それ以来、忠雄がソヨ子と同居し、手取り足取り、彼女の面倒を看るという、

過酷な生活が始まったのだった。

その過酷な生活は、22年続いた・・・・。

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