登場人物 ![]()
山下美生 ・・・ K音大3年生 ピアノ専攻
母親似のベビーフェイスで童顔
料理上手 努力家 花が好き
森田柊也 ・・・ 同大学3年生 バイオリン専攻
美生の恋人
根が明るい 熱いものを秘めている
中垣(立石)忠雄 ・・・ 柊也の父親
生真面目なタイプ 物静か
昔、プロのピアニスト兼K音大ピアノ講師
森田響子 ・・・ 柊也の母親
天真爛漫だが意外と緊張するタイプ
自然体 美人
マスター ・・・ カフェ・クレッシェンドを経営
美味しいコーヒーを淹れることと、ラテアートが得意
話し好き あたたかい人柄
中山康史 ・・・ 昔、忠雄と同僚のピアノの講師
明るく ユーモラス
忠雄の友人
立石ソヨ子 ・・・ 忠雄の元妻
昔、K音大教授だった立石一郎の一人娘
忠雄を精神的に痛めつけている
今まで の お話し ![]()
「1」 「2」 「3」 「4」 「5」 「6」 「7」 「8」 「9」 「10」
「11」 「12」 「13」 「14」 「15」 「16」 「17」 「18」 「19」 「20」
「21」 「22」 「23」 「24」 「25」 「26」 「27」 「28」 「29」 「30」
「31」 「32」 「33」 「34」 「35」 「36」 「37」 「38」 「39」 「40」
「41」 「42」 「43」 「44」 「45」 「46」 「47」 「48」 「49」 「50」
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中垣が一旦、話しを中断すると、黙って聞いていたマスターが口を開いた。
「 やっぱり、そうだったのか。
ワタシが風邪で、早く家に帰ってしまった、あの日が、
中垣さんと響子ちゃんの間柄が、近くなった日でもあったんだね。
あの日からキミたちは・・・・。
中垣さんが既婚者であることは、
それまでに薬指に付けていた結婚指輪で、わかってはいたが、
あの日以来、中垣さん・・・キミは結婚指輪を外していたね。 」
「 そう・・・あの日以来、ボクは、ここに来る時だけ、結婚指輪を外した。
ソヨ子という妻の存在を忘れて、
響子という一人の愛する人と向き合いたかったから・・・。 」
中垣は目を閉じ、響子が思いを告げてくれた時のことを思い出していた。
~~~
具合が悪くなったマスターが早退して、店は臨時休業になった夜・・・。
忠雄と響子は2人っきりになってしまうと、
「 響子ちゃん、今日は思い存分にキミに教えられる。
具合が悪くなってしまったマスターには悪いとは思うけど、
こういう時間って、滅多にない。 」
「 そうですね。
マスターには申し訳ないけど、私も今日みたいな時間が貰えたことが、
すごく嬉しいです。 」
響子は屈託のない笑顔で答えた。
「 それじゃあ始めようか。 」
「 はい!!
先生、お願いします。 」
響子はグランドピアノの前に座ると、弾く準備をした。
「 響子ちゃん、今日はキミの好きな ”夜想曲” を弾いてみて。 」
「 はい。 」
彼女は言われた通りに ”夜想曲” を弾きだした。
忠雄はカフェ・クレッシェンドには、時々、来店するため、
響子のピアノも時々、聴くことになる。
彼は彼女の織り成す旋律に対し、
いつの間に自分が彼女を思う恋心と重ねて陶酔していた。
そして一通り聴き終えると、拍手をし、
「 響子ちゃんのピアノは教えるたびに、どんどん良くなってきた。
一番最初に聴いた頃の荒削りさと比べると、
音の出し方も滑らかになったし、
今まで足りなかった潤いが感じられるようになった。
その理由は・・・・。 」
忠雄は次に続く言葉を告げることに躊躇した。
「 先生? 」
きょとんとした顔で忠雄を見つめる響子。
ーー響子ちゃん・・・。
響子と2人っきりになれたことが、忠雄を思い切らせた。
「 響子ちゃん・・・それは・・・キミがいい恋をしているから・・・そうだろう? 」
「 はい。 」
忠雄の顔を真っ直ぐに見て即答する響子に、彼は一瞬、落胆した表情になると、
「 そう・・そうか・・・。
キミは若いんだ。
恋愛をしていても、当然だ。
その恋が、充実しているんだね。
キミのピアノから、それが伺えるよ。 」
「 ・・・・・・・・・・・・・・・・・。
充実しています。
私には好きな人がいます。
片思いな上に、成就することのない恋だけど・・・。
でも・・その人のホッとした表情を見ていると、私の心も安心感で、
いっぱいになるんです。 」
「 そうか・・・それはよかった・・・。
でも成就することのない恋だと思っているの?
最初から諦めてはいけない・・・。
響子ちゃんは素敵な子だし、
きっとその男の子も、響子ちゃんの良さをわかってくれるよ。
響子ちゃんの恋が、うまくいくことを祈ってる・・・。 」
忠雄は ”響子が他の誰かに恋をしている” という絶望感を抑えながら、
彼女を励まし、
ーー響子ちゃんみたいな子には、ふさわしい相手が沢山いる。
きっと響子ちゃんを幸せにしてくれるだろう・・・。
そう思い込むことで、彼は平静を保ち、2人の間に、しばらく沈黙が続いていたが、
静かに響子が口を開いた。
「 先生・・・本当のことを言うと・・・。
私・・・・中山講師が日本茶派なことを知ってました。
中山講師は覚えていないと思うけど、
個人レッスンの時の合間の余談話しで、
何気なく中山講師が、そう言っていたことを覚えていたんです。
だから私は仕組んだんです。
仕組んだ・・・なんて言うと、聞こえが悪いけれど、
断られるのを承知で、中山講師をカフェ・クレッシェンドに誘いました。
案の定、中山講師は断ってきたので、
更に私は ”他に誰か紹介してくれませんか?” と聞きました。
中山講師の口から、先生の名前が出ることを、期待しながら・・・。
中山講師と先生が親しいことは、中山講師の余談話しから伺えたし・・・。
私は、このゆったりした不思議な空間を持つ、カフェ・クレッシェンドに
なんとしてでも先生を連れて来たかった。
でも今まで先生とは、ほとんど関わりのない私が誘うのも、
警戒されて断られてしまいそうに思えて、
中山講師を利用してしまいました。 」
「 そうだったのか。
ボクに、ここに来てもらいたいと思ってくれていたこと、すごく嬉しいよ。
ありがとう、響子ちゃん。 」
今になって、どうして響子が、そんな話しをしだしたのかということや、
どうしてカフェ・クレッシェンドに自分を連れて来たかったのかに、
疑問を持ちながらも、忠雄がお礼を言うと、
「 先生が初めて、ここに来店してくれた時、私は先生の苦しみを感じました。
それは先生が、マスターに言っていたこと・・・。
”どこにでもいるただの普通の男です”
そう言っていた時の先生の顔が忘れられなくって・・・。 」
響子は目に涙を浮かべていた。
「 でも帰る時に ”また来るよ”
”やっと居心地のいい場所を見つけたから” と先生が言ってくれたこと、
私は、すごく嬉しかったんです。
先生をここに連れて行くことができて、心からよかったって思えた。 」
涙を堪え、響子は笑顔を作ると、
「 私・・・ずっと、ずっと以前から先生のことが好きでした。
結婚していらっしゃる先生に、こんな告白をするのは、
常識外れですよね・・・私って・・・。
叶わない恋だとは、わかっているけど、
今、こうして2人っきりになれたことが、私を思い切らせてくれました。
・・・こんなことを言って、私、結局、先生を困らせているだけで、
勝手ですよね。 」
「 響子ちゃん・・・?! 」
忠雄が響子の意外な告白に驚きを隠せずにいると、
「 先生は覚えていないかもしれないけど、
私がK音大に入学して、初めての実技試験の当日。
私よりも先に受ける子が、一人、二人とレッスン室に出入りして、
実技試験を済ませて帰って行く中、中山講師の受け持ちの子たちの中で、
一番最後に実技試験を受ける私は緊張感でいっぱいで落ち着かなかった。
K音大に入ってから、初めての実技試験だったし・・・。
心臓に毛が生えていそうな私が・・・可笑しいでしょ?
そんな訳で、まだまだ自分の順番が回ってきそうになかったし、
緊張感に押し潰されそうだった私は、
実技試験を受けるレッスン室の前の通路の近くにあった非常口から、
中庭に出たんです。
その日は、とても晴れていて、空が綺麗だった。
私は自分でも大袈裟に思うくらいに、空を見上げながら、
何度も大きく深呼吸をしていました。
そんな私に先生が声を掛けてくれたんです。
”気持ちのいい青空だね” って・・・。 」
忠雄は響子の言っていることを思い出した。
確かに、だいぶ前、何度も深呼吸をしていた女の子に声を掛けた記憶がある。
「 笑顔で先生が声を掛けてくれたことを、私は、すごく意外に感じてました。
それは・・・私がキャンパスで、時々、見掛ける先生は、
いつも強張った表情をしていて、
人を寄せ付けないイメージが強かったから・・・。
だからプロのピアニストという肩書きを持っている人って、
こんな感じな人が多いのかなって思っていたんです。
緊張でカチカチだった私に、先生は、
”緊張しているだろう?どうした?” と聞いてくれました。
それで恐る恐る私が理由を話すと先生は、こう言ってくれました。
”実技試験なんて、そんなに重く考えなくってもいい。
演奏会へのウォーミングアップ・・練習だと思って、
精一杯にやればいい。
それと・・ここだけの話し・・・ボクも緊張しやすいタイプなんだよ。
でもボクは長年の経験から考えついた秘策で克服できた。
特別にキミに教えてあげよう。
とにかく、姿勢を正して、堂々としていなさい。
堂々としていれば、自然に心も一緒に堂々となる。
自信も湧いてくる” ・・って。
私は先生のあたたかい言葉に救われました。
それと先生の優しい一面にも・・・。
お陰で、あの後の実技試験では自分の実力を発揮できて、
中山講師から褒めてもらえたんですよ。
”姿勢を真っ直ぐに正し、堂々とすること” 。
今でも私、先生の秘策を守っています。 」
「 そうだったのか・・キミの演奏からみなぎっていた ”自信” は、
ボクの教えた秘策を守ってくれていたからこそのものだったんだね。
すごく嬉しいよ。
それと・・あの時の女の子が、キミだったことも・・・。 」
忠雄は初めてカフェ・クレッシェンドに来店した日に、響子を見た時、
見覚えがある顔だと感じたことを思い出した。
「 先生・・・・。
私、あの日、先生に励まされて以来も、
キャンパスで先生を時々、見掛けていたけど、
今まで強張っていると感じていた先生の表情が、
見掛けるたびに悲しげに、苦しそうに・・と、
感じられるようになったんです・・・。
先生の影がある部分に惹かれると言っていた女の子たちも沢山いたけど、
私には先生が何かに、すごく苦しんで、
誰かに助けを求めているように思えてなりませんでした。
だから私・・・先生とすれ違うたびに、笑顔で頭を下げていました。
たとえ先生には気付いてもらえなくっても、
いつか笑顔で返してくれるほどに、先生の心に余裕ができて、
穏やかになってくれることを願いながら・・・。
でも、ここに来店してくれて以来、
先生はキャンパスで偶然にすれ違うたびに、
徐々にだけど、私に笑顔を返してくれるようになりましたね。 」
響子は嬉しそうに微笑んだ。
「 響子ちゃん・・・。
キミは、以前からずっと、ボクの心のドアをノックしてくれていたんだね。 」
忠雄は彼女をいじらしく思うと、
「 ・・・ありがとう。
響子ちゃんの気持ち・・・嬉しいよ。
今までボクのことを、こんなに心配してくれた女の子はキミだけだと思う。
心に染みた・・・。
・・それは・・・・・・・・ボクは・・・・・・響子ちゃんのことを・・・。
学生としてでなく、一人の女性として見ていたから・・・・。
もう・・・自分の気持ちを偽りたくはない・・・。
ボクも・・・キミを愛している・・・。 」
「 ・・先・・・生・・・。 」
2人はお互いの気持ちを、告白し合うことができた。
その感動でオロオロと泣きだした響子の手を取ると、
忠雄はピアノの椅子から彼女を立ち上がらせた。
そして2人は潤んだ目で、しばらく見つめ合うと、
長く激しく熱い口づけを交わした・・・。
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