娘が 巣立ち
ひとり暮らしになった時
伯父は
80歳を超えていた
その頃だった
私の母が
伯父に 声をかけたのは
東京に 出てこない?
子どもたちも 皆
こっちにいるんだし
老後
ひとりで 鹿児島に暮らすより
東京のほうが 心強いし
楽しいんじゃない?
でも
東京は 家賃が高いしなあ
僕は 年金暮らしだから
と
伯父が 珍しく
お金のことで 渋っているので
母は
友人から
駅から遠くて 古いアパートの部屋が
一つ 空いてるわ
あなたのお兄さんだったら
相場の 半額の家賃で
貸すわよ
という約束を 取りつけてきた
それは
東京が好きな 伯父にとって
悪い話じゃなかった
伯父は その話に乗り
イソイソと 東京にやってきた
そのアパートのある 駅の近くには
幸運なことに ジムがあって
伯父は
革ジャンを着て バイクにまたがり
足繁く そこに通い
かつて頂点を極めた 格闘技の
マスターズ選手権年齢別に
毎年のように 出場し 優勝した
そんな様子が
お元気おじいちゃん
として 度々
テレビや雑誌で 取り上げられると
伯父は
それを うれしそうに
母に 知らせてきた
私は
母を連れて 何度か
そのボロアパートを 訪ねたことがある
お気に入りだけ 選んで
あとは 全部 処分してきた
という
部屋に 置かれた
伯父好みの 家具や食器や
海外で集めた 高そうな調度品たちは
伯父の かつての華やかな生活を
彷彿させた
ただ それらは
このボロアパートには
まったく 似つかわしくなく
かつての 伯父の華やかな人生が
居心地悪く
そこに存在しているように
私には 見えた
もっと ハッキリ言うなら
それらのモノたちから
伯父は
ボロアパートに暮らす 自分の現実を
突きつけられているように感じて
辛くはないのか
そこが 不思議だった
ある日
私は 伯父から
その 答えのような言葉を
聞いた
僕はね
人生に 後悔は
まったく してないんだ
だって
やりたいことは 全部やったし
行きたいところも 全部行った
欲しいものは 全て 手に入れた
いい人生だった
伯父は
清々しそうに そう言ったのだ
目ウロコだった
人生を楽しむ 奥義を
教えられた気が した
私が
最近 知って
意外だったことがある
伯父は
刹那的で 快楽主義
お酒も タバコも ガンガンやる人
そう 勝手に
思い込んでいたんだけど
実は
若い頃から 酒も 煙草も
一切 やらなかったそうだ
よく 考えてみれば
アスリートだったんだから
驚くようなことじゃないんだけど
伯父の姿勢には
彼なりの筋が 通っていた
最期の時
伯父は
老人ホームの部屋で
ひとりで 逝った
香典もいらない
葬式も不要
と言っていたそうだ
亡くなる 三日前
私が
母を連れて 伯父のところへ
面会に行った時
思いついて
youtubeで
伯父の好きだった ブルースを
聴かせてみた
それまで 微動だにしなかった
伯父の
目が開き
手が動いて
スマホの画面を 追っていた
常識にとらわれず
周りに流されず
やりたいことだけを やり
自分の気持ちに 正直に生きた
愛すべき イケオジだった
97歳
大往生だった
合掌
* * * * * *
皆さま
伯父のお話
最後まで 読んでくださって
ありがとうございます
最近
身近な人の 訃報が続き
ちょっと萎えていた 私
でも
今回
こうして 文章にすることで
自分なりに
少しは
気持ちの整理が できた気がします
これからも
感じたことや 伝えたいことを
言葉にして あらわしていきたい
と 思いました
あ もちろん マンガでも
お付き合い いただけたら
うれしいです