恋の想い出 2題 | bluearrowのブログ

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ジャンルにとらわれず色々な事を書いてます。

どうぞごゆっくり。


今回のブログ、軽い気持ちで書き始めたんだけど、書き進めるうちに色んな場面が思い起こされて力が入り長くなりました。

これはある意味、私の生き方を左右した出来事を書いてます。

どうぞ、とくとお読みください。




忘れられない人がいる。

ある早朝にウッドベースのソロをバックに、16歳のあの子が微笑む夢を見た。


その夢に見た子の話の前に想い出を1つ。


若い時代、17歳から付き合ってた人がいた。
スゲー美人の子で、オオドリー ヘップバーンだってよく言われてた。

こんなに目はデカくなかったけど、もう少しフックラさせるとそっくりでシルエットはオオドリー ヘップバーンそのもの。身長165センチあったし見栄えのする美人。

タレント事務所のスカウトにもよく声掛けてもらってた。本人はそっちに全く興味なしだったけど。

初対面の人はみんな、名前が出て来ないと「ほら、あの映画の」「ローマの休日の人」って。

私もイケメンで鳴らしたから飲みに行ったりするとよく店の看板みたいに一番目立つ席に案内されたな。

10代で飲みにって今じゃマズいけど昔は平気だったね、サケに寛容だった。あちこちの店にボトル置いてたもんなー。

飲食店では2人は常にチヤホヤされた。

そうなると不思議なもんでお互い高校生、私は登校はせず音楽の仕事してたけど彼女はバイトもしてなくて社会経験ない当たり前の冴えない女の子、これが私と行動を共にするようになると自信って事かな?少しずつ堂々と振る舞うようになる。いや別に美人ひけらかして態度デカいって事じゃなく、腰低く人当たりは普通なんだけど見られてるのが気分良いって言うようになる。常に背筋が伸び周囲を意識しだす。

だから私は服を調達しろ、飾れ、バイトしろと言って、彼女は空き時間をマクドナルドで働き始めた。

そしたらたちまち人気になってカウンターに出ると彼女のところに男性客の行列ができるように。

その事をダチから←友達ね、話を聞いて私は実際に店の外から見て笑った、まさに行列があった。

しかしそういう、特に誰かが人気のクルー(マックの店員さんはクルーという名称)だというのは当時のマックは良しとしない風習があって、店に出るのは辞めさせられて本社扱いとなり学校がない日に店を回ってキャンペーンガールみたいな仕事に配置された。

結構稼いだね、で髪型変えたり服装に気を遣うようになり眉毛も美容室で整えてもらったりと美人が進化して行った。

高校卒業したら大学には行かず四ツ谷でキーパンチャーって、今で言うデータ入力の仕事する会社に就職するんだけど、その頃に私は新宿でスカウトされてホストを始める訳よ、それはこのブログ一番下に紹介してるので興味あれば読んでください、「いいね」で飾ってください。

でもホストやってるってのは最後まで言い出せなかった。

四ツ谷と新宿は快速電車で隣の駅、だから歌舞伎町でアダルトショップのバイトやってるからとウソを言って、駅前でチラシ配りやったりしてるから東口(東口は歌舞伎町方面)には絶対に近付かないでくれと、ダチに誘われても東口は絶対にと念を押した。

本当はホストの服装で駅前で名刺配ったりお客さん探したりしてたから、それは何としても見られたくなかった。


お互いに結婚すると考えてた。

私が今までに唯の一度、結婚を考えた人。

17歳から大学卒業までだから5年か、もう少し付き合ってたんだな。

色んな面で1人の女性を育て上げたような。

でも大きなすれ違い、考え方に大きな溝を感じるようになって、かなり悩んだけど別れた。

彼女の親も認めてて、私の過去、生い立ちを彼女が話してたから私に家業を、両親はちょっとしたスーパーを経営してたんだけど私に継がせようとしてた。道が違うから無理だったし全てを精算するように彼女と別れた後に経緯、説明も含め両親とも面談した。

彼女は少しして別れたショックから精神患っちゃってね。大変だったけど立ち直るまでつかず離れずフォローした。


数年後に、あれは何だったかな?何かのキッカケで会った。

私のお気に入りの服を着て髪を短く切り相変わらず美しい姿があって安心した。

その安心をよそに話は暗かった、結婚して子供を授かったが離婚したと。 

私と別れてヤケを起こし目の前にいた金持ちと考えなしに一緒になってしまったと言う。

具体的に誰だとは聞かなかったが、多分私はそいつを知っていた、私にとってヘドが出るほどの、ツラも見たかねーヤツ。

1年足らずの結婚生活だったと、子供もあっちに取られてしまい死んだものだと思うようにしてると話した。

そんなゲスのクソ野郎にしか渡してやれなかった事を思いショックを受け、そして悲しかった。


まー、それでやめときゃ良かったんだよな。

50歳ぐらいになって、どうしてるか?って話から連絡もらってもう一度会った。

そうしたら若い時代のあの人はどこへやら、キッタナイおばさんがそこにいた。

着るもの全く無頓着、無頓着って言うか一片の気遣いもない、数十年の時を経て元の恋人と会うんだよ、それなのに。

話す言葉も内容も魅力のない人に変わってた。

というのは、会った目的は、ある宗教への勧誘だった。

親の影響で昔からやってたんだけど私が宗教を嫌いだから付き合ってる間はずっと離れてた。

そんなセンスない再会ってありかよ?と腹が立って。

服装も見かけも違ってたのは宗教に感化されてか。

構わないよ、ただ気遣い、心配りがないのが残念だった。タバコ吸うし人が違ってた。

思いが崩れ落ちた気がした。




そして。

32、3歳の時代に一時期仕事が減少、打ち込みによるリズムが流行ってドラムを起用しない音作りがメインとなった時期があった。

その困難な時を凌ぐために登り調子だったコンビニの経営に乗った私。

沢山のアルバイトに働いてもらい なかなか順調な店。

そのアルバイトの中に高校生で16歳の女の子、至って普通の、どこにでもいるが良く働き新しい仕事もよく覚え一部の発注をお願いするほどに信頼した子。

しばらくして その子が出勤すると何か違う気持ちが生じる自分に気がつく。

どうした事なのか、このドキドキするような、あの子が来るとダメになる、これはいったい何なんだ?と。

ある時わかった、ずっと忘れてた気持ち、これは恋だと理解した。

年齢は倍も違っておかしい、しかし気持ちを隠そうとするほど鼓動が高まる自分があった、普通に接しようとするほど不自然な口調になり他のアルバイトに笑われる。


当面やり繰りしたがもう隠せない、黙っているほど苦しい。

白状しようと心してある日のアルバイトが終わる時間に近くのファミレスに誘う、「話があるから帰りに一緒に来てくれ」。

隣に座ってメシを食べ終えるとあの子から水を向けてきた、「話ってなに?」と、だから打ち明けた。

「これを言って何かを実行できるもんじゃない、だけど黙ってるのはもう耐え切れない。お前が好きだ」と手を握った。

あの子は言った「そんなこと言われるの初めて」と、そして「あたしもblueさんをずっと好きでいるの」と。かなり驚いた、あとはなにを話したか覚えてない。

帰りに駅まで送る道すがら、あの子は「あたしみたいな子供はblueさんの相手じゃないでしょ?」と言った、私は、この気持ちがわからないのかって気持ちで「バカやろー」って、握ってた手を引いて通り掛かった会社の門の柱に乱暴に背中をぶつけた。

名前を呼びジッと見つめた、あの子も私の名を呼び目を逸らさずジッと見つめあった。

あの子は小さな声で「イヤ」と、でももう感情を抑える事は不可能だった。

あの子にしたら初めてのキスだった。

(あの子の名誉のために書き添えるが、以降それ以上の関係には進まぬよう自制した) 


ご家族は役所に勤めており固い環境のお家。

帰りが遅いと文句言われるようになったと言う、店の近くまでお兄さんが車で迎えにくるようになる。

しばらくしてアルバイトも辞めさせられて、それを私に伝えた時の、あの子の泣き顔は今も忘れられない。

そして私も「すまない、私が言わなければ こんなに悲しい思いをさせずにいられたのに」と詫びて泣いた。


もし私が勇気を出してあの子を自分の元に呼び寄せていたならお互いの人生は違っていたんだろう。

両親に会い私に任せてほしいと話せば良かったじゃないか、本気ですと話せば。

踏み出せなかったのはどうしてだろう?

好きだった、心の底から。


それからは本人も私との距離を取ろうとしたんだろう、店に電話も掛けてこなくなって。でも時々会いに来てくれた、そんな時は顔には出さないよう心掛けたが本当に嬉しかった。


あの子が辞めて1年程して私は本業が忙しくなり始めコンビニ経営から撤退。

私からは連絡をしなかったからコンビニから離れた事であの子との接点がなくなって。

携帯電話も一般的じゃなかったから連絡取れず。

更にそれから1年程が経ったある日に自宅の固定電話が鳴り、普通は留守電にしてるのに偶然に出たらあの子だった。


上野のバーで会った。

あの子は既に高校を卒業して働いていた。

少し大人びたお顔立ちは少女から抜け出す直前のように見えた。

寒い時期だったな、その頃に流行ってた白いコートを着てて、よく似合ってた。

近況を聞いたり少しの時間を過ごす事が出来た。

笑顔で別れて連絡先も聞かずに、あの子からの一方的な連絡で良いと、用があれば電話があるだろうと。

だけどそれから少し経って引越してしまい電話番号も変わり音信不通に。


あれで良かたんだ、と考える反面,....。

いや、良かったんだ、上野で会った、あの時が人生最後にあの子と話せた日なんだ。

しかし、万が一にも、あり得ない事だが、このブログを読み思い当たる節がある方がいるならば連絡ください。


時々思い出すあの子、その度に胸がキュンと締め付けられる。

もう50歳を過ぎてるんだな。

愛した人よ、どうしてる?

幸せにしてくれてたらと心から願う。

 


あの子と一緒に働いてた時によく頭に浮かんでた曲、MODS の「Crazy Beat」紹介します。

曲の趣旨は全く違うんだけどリリックの端々が刺さる。


忘れられない人がいる。

ある早朝にウッドベースのソロをバックに、16歳のあの子が微笑む夢を見た。


今まで誰にも話した事がない出来事を書きました。

読んで頂きありがとうございました。



人生の分かれ道、愛するワンコとの別れ、悲しい想い出など力を入れて書いたブログがあります、覗いてください。


生い立ち。


本業では食えなかった一時期、新宿で一流のホストのアシスタント。

一流のホストとは。

そして、お客さんと賭場へ。


講師として卒業した高校へ。

助けてもらった仲間は。


若い時代の重労働を思い出させた街。


矢沢 永吉さんのバックミュージシャンをやりたくて。


私にとって大きな出来事、幼少時代からお世話になった師匠の墓参りと亡くなった日の事、それから笑えるエピソードを書いてます。



愛するワンコ1命を2010年に、1命を2022年に、いずれも急な事でお別れとなった記録です。




浅野 内匠頭 切腹に至る経緯から吉良邸襲撃まで赤穂浪士について力を入れて書いた5つのブログがあります。

すごく長くなりますからお時間ある際に覗いてください。




また、全く放置状態なんですが別アカウントで特に専用器具を使わずやれる簡単筋トレブログ掲載してます。

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