魔物が棲む日比谷野外音楽堂 再掲載です (^^) 「おにぎりアクション」追記です。 | bluearrowのブログ

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日比谷野外音楽堂は建て替え計画が延期となってましたが9月末をもって遂に閉館となり工事開始。

「野音」はミュージシャンにとってメジャーへの足掛かりであると同時にメジャーとなっても立ちたいと考える方が多いステージ。

ざっと数えて今まで50回は行った「野音」での数々のライヴが思い起こされる。

代表的なライヴをいくつか書いた2021年10月17日のブログを再掲載します。



数々のライヴで名場面の舞台となった日比谷。

歴史を見ると1924年、大正時代に作られたものなんだね。

改築、補強を経て'83年にリニューアルオープン。

結構な回数出掛けましたが結構な確率でアクシデントに見舞われて大変な思いをした。それも良い想い出ではあるけど。



17歳だった'75年4月、キャロルのラストライヴは荒れましたよ。

途中で客がステージに押し寄せて、押されて危なくてステージ上に上がっちゃうってのがあった。

整理に当たったのが「クールズ」というバイクグループ。暴走族じゃないのよ、お金持ちのグループでハーレー乗り回してキャロルの親衛隊と称してライヴでパトロールみたいな事をやってた。

アメリカに「ヘルスエンジェルス」って危ないバイクグループがあって、やはりライヴのパトロールを生業にしてた、そのコンセプトでキャロルのライヴに付いてたのがクールズ。

メンバーが最前列に陣取ってステージに近寄らないようにしてたけど人波に押されてコントロール出来ない状態。

後半でどうにもならない状況になってライヴは一旦中断でマイクを取って客をいさめたのが岩城 滉一さん。

その後ろで率先して客を殴ってたのが舘 ひろしさんだったって笑える話でしょ?(^^)

盛り上がったライヴの最後に爆竹を派手に鳴らして終了って段取りだったみたいだけど雨が降ってたのよ、その雨で火薬がしけって破裂せず「プシュ」「プシュ」って何発もが火を吹いてセットに燃え移った。

消火器なんかじゃ消せない大変な火事になって前方にいたblue少年の近くまで火が飛んできた。

みんな演出だと思って笑って見てたけど私は本物の火事だと慌てて逃げたね。

最初に経験した日比谷事件。


翌年'76年7月はキャロルの矢沢 永吉さんがE.Yazawaとして日比谷に帰って来た「The Star In Hibiya」ライヴ。

これも前の方にいたけど すぐ近くで殴り合いのケンカが始まって。

今なら多少、というかライヴだから隣と接触は当たり前じゃない。

それが足を踏んだとか肩が当たったで騒ぎになって周りの仲間だろうね、巻き込んで団体戦になってた。

曲の終盤で始まって、さすがの永ちゃんも少し下がり気味で歌ってた。

で、すぐにマイクで呼びかけて止めて収まったけど。


'82年6月はMODSのデビュー1周年ライヴ。

これも始まってすぐステージ前に集まってたヤツらが曲の途中でケンカ始めて中断。メンバーは一旦引っ込んじゃって。

と、それはまだ序章みたいなもんで後半から雨が降り出した。開演までは良い天気だったのに急にポツポツと。

そのうち雨の勢いが凄い事になってきて土砂降り状態。

スタッフがモニタースピーカーにはシートを掛けるけどデカいシートは用意がなかったんだな、アンプは水を浴びてひどい音になってくるしギターはチューニングがメチャメチャに、そのうち鳴らなくなる。

ヴォーカルの森山のギターが真っ先にやられて1本持ち替えるけど すぐにダメになる。

今みたいに曲に合わせてギターを変える、音にこだわるステージじゃなかったからスペアのギターがない。

苣木のギター1本で3曲ぐらいは繋ぐけど遂にアンプがダメになる。

最後は北里のベースもダメになりベースを置いてヴォーカルに参加。

生き残ったのは梶浦のドラムだけど そのドラムもヘッドが水浸しでどうにもならない音だった。そして苣木が森山のギターを取って最後の曲を演奏し終えた。

後のインタビューで梶浦も感電しながらのステージだったと語った。

土砂降りの中、誰ひとりとして帰る客はおらず雨に負けた楽器の代わりにメンバーと共に歌ってカヴァーしながらステージを進行するという凄いライヴ。

前の方は濡れた服から湯気が上がって霧がかかったような景色。

これが後に「MODS、伝説の日比谷ライヴ」と言われるステージに。


'87年4月、これは日本ライヴ史上最悪のステージですよ。笑い事じゃない大変な事態。

LAUGHIN'NOSE(ラフィンノーズ)のライヴは当時突出してた。

バンドとしてのノリも凄かったし客もエキサイトの度が過ぎてた。

前に書いたキャロルのライヴの時みたいに客がドッとステージに押し寄せて収集つかなくなって、キャロルのライヴでは整理するクールズのメンバーがいたけどLAUGHIN'NOSEのステージには人員が足りてなかったんだな。

通路に客がなだれ込んで前方で押された人が倒れて、また倒れて、それは見えたんだよね。それでも客の流れが止まらず後ろから、次から次から前に前に行って曲が止まっても雪崩みたいに人が動いててステージ中止。

翌日に事故の詳しい内容が伝えられケガ人多数と3人が亡くなった事を知った。


LAUGHIN'NOSE事故を教訓にライヴのスタイルというのが出来上がりライヴハウスも安全対策が施された。

ライヴハウスでお馴染みフロアの手すり。

これ昔はステージ前にあるだけでフロアにはなかったから押されれば前に倒れたり際限なく前方に進んだりで本当に危なくて。

今は大きなフロアを持つところでは横方向だけじゃなく縦方向にも設置してる。

また客側もライヴの暴れ方を理解で安全にライヴが開催される。


映像はCrystal Lake(クリスタルレイク)という世界的に人気の日本のバンド。

ヨーロッパツアー、アメリカツアーやります。

これは日比谷じゃないけど客の暴れっぷり見てください。

(カメラのマイクからの録音なのでミックスした音になってなくて聴きにくいです)

モッシュって、周囲の客に肩から当たったり、殴る、蹴る、顔には絶対行かないのね、背中や肩、足への打撃。スペースができたら反対側まですっ飛んで行って客同士ブチ当たる、どつき合い状態。

サークルって、客が円を作って走り回る。

手すりは最前列の他は外してたしヴォーカルの煽り方がスゴい「このステージは俺たちだけのものじゃないぜ、上がって来いよ‼︎上がって来いよー」。そしたら5、6人が駆け上がって客に向かってダイブ。何回も繰り返しダイブ。

これだけ暴れてもルールに則った暴れ方だから1人のケガ人も出ない、アーティストとオーデェンスの完璧な信頼関係がなければ成立しないエキサイティングなライヴ。

それを知ってても私、一番後方で客の暴れっぷりを見学に徹しました(^^;;


2019年10月は永ちゃん70歳を迎えた最初のライヴという事で「EIKICHI YAZAWA Special Live  The Star In Hibiya 2019」。

ソロデビューの際のライヴタイトル「The Star In Hibiya」をそのまま持ってきて70歳記念とデビューステージを絡めた企画は'76年以来の日比谷という事だったけど大型台風19号の接近で中止に。

長年、大雨や台風接近の度に当日は晴れたり台風が進路を変えたりで「晴れ男」と言われて来たけど何故か日比谷の日には通用しなかった。


と いうように日比谷野外音楽堂はハプニングに見舞われ何かと事が起きる場所。

他に多数のライヴが行われる武道館やTOKYO DOMEでそんなに多数のトラブルは聞いた事がない。

私は現実にあるものしか信じない。血液型や星座による性格判断、占い、なんとか現象とか霊感があるとか一切信じない、霊感とはなんじゃい?自分には特殊な能力があるとでも言いたいのかい?

そういった類は一切信じないけど日比谷には現実では説明し得ない何かが存在してるように思えてならない。


ちなみに氷室 京介さんは駆け出しの時代にバンド活動に挫折を感じ地元に帰ろうかと考えてた頃にRCサクセション日比谷ライヴを見てインスパイアされ当時ライバル関係にあった布袋 寅泰さんに連絡を取りBOØWYを結成し成功させた。

こんなエピソードにも日比谷野外音楽堂の何かを感じる。


読んで頂きありがとうございました。


人生の分かれ道、愛するワンコとの別れ、悲しい想い出、矢沢 永吉さんからのオーディション、赤穂浪士について、力を入れて書いたブログ。

また これは全くの放置状態なんですが特に器具を使わずやれるエクセサイズを別アカウントにまとめました。

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