お疲れ様です😀
本日は父の49日法要で横浜に戻ってます。
また時間があるので、ぼんやり電車の車窓から梅雨の街並みを眺めながら、、考えるのは、
自分はいかに恵まれているのだろうか
という事です、
当たり前に目で見えて、当たり前に音を聞けて、当たり前にご飯食べられて、当たり前に人と話しができる、、
そんな当たり前は、本当は当たり前ではないのですね、
富士の下で学んだことは、身体にハンデを背負った方々と1年間仕事を一緒にさせて頂きました。
正直言ってめっちゃ大変でした。
見えない、聞こえない、話せない、そんな人達を支えるって
、、、
でもね、気がつきましたよ。
自分がいかに健常者という名前に胡座をかいていたのかをね、
彼らが、どれだけ見たいのか聞こえたいのか、
されど、
現実は変えられない、
それを想うのです。
人は誰しもが自らの欲望を満たそとしている。
今だけ、金だけ、自分だけ、
いい年齢になっても、、自分と自分の家族しか💦
他者の哀しみに寄り添うことも時には必要なんだと思うのです。
当たり前は当たり前ではないっすね。