あたりまえ~
あたりまえ~
あたりまえ体操~
に今更ながらはまってます。
大学時代の友人が結婚し、栃木の農家に嫁ぐので結婚式余興で『農家の嫁体操』をみんなでするらしく、練習風景を送ってくれたんだけど、おもしろすぎる。
好きです、こうゆうの。
今日は日曜日。
女子力の高い旦那が朝からクロワッサンを焼いてバナナケーキを作ってました(笑)
チョコ入りで芸が細かい。
私実はバナナケーキ自分で作ったことないかも(°_°)
明日の朝ごはんにしよっっと♡
さて、実は先々週の火曜日急に思い立って、急遽予約、木曜日から三泊四日夫婦でベルリンに行ってきました~
結果→寒かった。
やはり、ヨーロッパは夏に行くべき。
いや、よかったんだけどなんせ雪が降り続いてて寒くてね…。
そのせいで、ちょっと見てはカフェ、ちょっと見てはパブを繰り返してしまったのでした。
歴史に弱い私でも、ベルリンの壁と聞けば、長い間ベルリンを東西にわけ隔てていた壁と知っているのだけど、今回えーっ!?っと驚いたことが…
私、東と西とに分かれているので下の図左のようになってると思ってたのだけど大間違い…
右が正しいのですよね…
いや、驚いた、習ったはずなのに記憶からずっぽり抜け落ちてました。
なので、勝手におさらい。
ベルリンと同じように、ドイツ自体もアメリカ、イギリス、フランスの3か国が占領する西ドイツと、ソ連が占領する東ドイツに分かれていた。
つまり、こう!
西ドイツはドイツ連邦共和国として、東ドイツはドイツ民主共和国として1949年に国として独立。
そして、ベルリンは東ドイツの真中にありましたーっと。
そして、そのベルリンが西と東に分かれていた。
つまり、資本主義側の西ベルリンは、東ドイツの中にあったということ。(ここ重要、テストに出るよ、笑)。
ということは、西ベルリンは対立する社会主義側に周囲を囲まれていた。
そして更にざっくり言うと、そんな東の社会主義側の民達が、こんなんやってられんわーっと(`_´)ゞ自由を求め西に逃げて行くので、東側は焦り、『壁で囲めばいーんじゃない?脱走者は、打つ、いいね?』で強行、それでできた壁がベルリンの壁。
こちら。
DDR博物館やCheck Point Charlie博物館など、歴史好きにはたまらない街ですね!
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