20世紀デザイン切手 第13集 と花ビエ | 地球の日記☆マーク♪のblog☆

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この地球は今大きく変わろうとしている。自国主義からコロナ禍を経て、調和・融和へとイノベーション(変革)し、人生100年時代へ向けて脱炭素の環境優先へとベクトル(地球的エネルギー動向)が動いた。
常に夢を持って波に乗ろう!

 日3月8日は前線の通過で花冷えのような、……かと言ってひと頃のような底冷えではなく10℃前後の気温である。今日も#ため活でいく。

大津波などで被害が出た2011年の3.11からもう10年近く、そしてコロナ封じ対策で1年が経過したが、飲食業界や観光業など、いまだに首都圏は宣言下という事もあってか客足が遠のき、もうニッチもサッチもいかない状態にあるという。

このニッチというのは隙間と言う意味と、算盤勘定で二進三進とも言われ、先に進めずやりくりが経たないというジレンマを通り越して諦観に似た消極的観念もある。

いくらみんなが三密を避けてマスク等努力しても、もうこれ以上首都圏の感染者数は下がらないのではないかと思えるほどである。これ以上徹底するならパトロールの強化しかない。

ひと頃の都内で感染者1日千人、2千人の頃に較べると、いわゆる下げ止まりではないだろうか。

気になるのは、スポーツイベントに5千人とか入場者数制限で試験的に催行された際の2週間後の結果はどうだったのか?

席を空ければ大丈夫ならマスク越しに観戦すれば問題はないのではないのか。

 

 

 国では何百万人感染し何万人亡くなったという報道があるかと思えば、軍事クーデターでスーチーさんが拘束され国民デモで死傷者が出て経済活動が麻痺している他国の状況を踏まえると、まだましのような気もする。

 一方北欧先進国でノーマスク、耐性抗体免疫優先の国もあるが、その後どうなっているのだろう。

わが国でもワクチンさえスムーズに打てば次々正の連鎖、ダイナミズム化して失地回復、経済挽回できる要素が残っている。

日本の株式市場は、東京五輪の経済効果という切り札があるからV字回復の根拠も失われないし、比較的安定もしている。

だが、考えたくもないが、仮にワクチンが夏以降にずれ込むとどうなるのか……?

 

 

と言って、今さら五輪中止にしたら、それこそ莫大、膨大な借金が残って子どもや孫の代までツケが回って首も回らなくなるだろう。

せめて、無観客試合になったとしても、収益の7割と言われる放送権料だけでも確保しないと、いくら治安がいい医療主導国家といえども、一般の国民が納得するかどうかだな。

 

 

た、契約通りワクチンが充分手に入りそうになかったら、北欧案を支持提唱することも考えられるが、折衷案としては無難なところで、東京五輪を秋開催とする手もある。前回の五輪(1964年)は10月10日開催だった。

ただ、学生とかのボランティアが夏休みではない点を考慮に入れて、会場の確保、やりくりが整えばの話である。

それが最も安全安心なら各国のコンセンサスも得られよう。

 

 

 

 て、今日も邪念を討ち祓って好きなことに集中し、心身を鍛えるべく、20世紀切手の図案が印刷されるまでどういう事案があったのか、つぶさに観ていこう。

 

 

こういうのも切手になるんですね。 という実感を持ちました。

早速、解説文を読んでいきましょう。

 

 

① ② ひょっこりひょうたん島

(左)NHK番組に登場した人形「ドン・ガバチョ」と「トラヒゲ」

(右)同番組に登場した人形「ハカセ」と「ライオン」背景は「ひょうたん島」

(取材協力:NHK 資料提供:ひとみ座企画)

(解説)1964年(昭和39年)人形劇「ひょっこりひょうたん島」のテレビ放送が始まった。この放送は、1969年(昭和44年)までの5年間で1,224回に及び、動く島「ひょうたん島」で繰り広げられる物語は、子供たちから圧倒的な人気を集めた。

 

*このひとみ座というのは、NHK作家・井上ひさし氏が主宰していた。その後娘の井上麻矢氏が引き継いでいる。詳しくは「女にとって夫とは なんだろうか」をご覧あれ。

 

 

女性の自立とそれぞれの生き方は参考になる。

 

 

③新三種の神器

当時のカラーテレビ・車・クーラーのイメージ

(資料提供:ソニー、トヨタ、日立製作所)

(解説)経済成長に伴い、国民の所得水準が上昇したことで、生活様式の変化が進み、1950年代後半の三種の神器(電気洗濯機・電気冷蔵庫・白黒テレビ)に続いて1960年代後半には、カラーテレビ、車、クーラーが「新三種の神器」と呼ばれ普及していった。

 

*今だったら三種の神器って何だろう?

スマホにブログ、そして、……マスクかな。

 

④ ⑤ ウルトラマン

(左)番組開始当時の「ウルトラマン」

(右)同人気の怪獣「バルタン星人」

(解説)1966年(昭和41年)「ウルトラマン」のテレビ放映が始まった。M78星雲からやってきたウルトラマンは、一躍子どもたちのヒーローとなった。その後も「ウルトラセブン」など数多くのシリーズ作品が制作された。

ちなみに「ウルトラQ」は別物である。

 

⑥GSブーム

当時のエレキギター

(解説)1966年(昭和41年) ザ・ビートルズが来日公演行ったのを機に、エレキギター等を用いて数人でバンド編成したGS(グループサウンズ)が次々と誕生し、ブームが起こった。

ザ・タイガースとかあったな。

 

⑦ノーベル文学賞受賞

受賞時の川端康成と大江健三郎

(解説)1968年(昭和43年)作家・川端康成が、ノーベル文学賞を受賞した。著書に「雪国」「古都」等がある。

また1994年(平成6年)に作家・大江健三郎が、ノーベル文学賞を受賞した。著書に「飼育」「万延元年のフットボール」等がある。

 

⑧男はつらいよ

映画「男はつらいよ」シリーズ第1作の一場面

(解説)1969年(昭和44年)映画「男はつらいよ」が封切られた。主人公・車寅次郎を中心に繰り広げられるこの映画は、国民的大ヒットとなり、全48作のシリーズとなった。

 

⑨日本万国博覧会・太陽の塔

会場の「お祭り広場」に建つ太陽の塔

(解説)1970年(昭和45年) 大阪において、多数の国の参加により「人類の進歩と調和」をテーマに日本万国博覧会が開催された。

博覧会会場には岡本太郎作「太陽の塔」や参加国等のパビリオンが建設され、総入場者数は約6,400万人にも上った。

 

⑩戦争を知らない子供たち

楽譜と当時の若者に流行したファッション

(解説)1971年(昭和46年)北山修作詞、杉田二郎作曲の「戦争を知らない子供たち」が大ヒットした。

平和ボケの裏返しともいえる。

この頃ベトナムでは米中の代理戦争が長期化していた。

 

 

さて、今日はこれまで。      それでは、また。 (吟)