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この地球は今大きく変わろうとしている。自国主義からコロナ禍を経て、調和・融和へとイノベーション(変革)し、人生100年時代へ向けて脱炭素の環境優先へとベクトル(地球的エネルギー動向)が動いた。
常に夢を持って波に乗ろう!

鉢から芽を出し、そして青々とした柔らかな茎だか枝らしきものが伸び、そして葉が生えてきた、というか成った。

……これは一体何だろう?

 

 

数年前 カレッジのゼミで習ったミレーの「落穂拾い」の広い意味に深く感動して、近場のミレー展示館を探して山梨県立美術館に向かうべく特急に飛び乗って観に行ったものだ。

 

そしてそこで同じくミレーの「種をまく人」の力強い絵画に出逢った。

 

 

その絵がもたらした効果というか、農家出身のミレーだけに現実感、リアリティーがあってそれは人に伝わるもののようだ。

人間もコロナなんかに負けず種をまき続けなければならない、それが人間の宿命だ。と絵に魂を込めて訴えてきているように感じた。

 

そうして種をまき、植物がコロナなんかに負けず、すくすくと育っていく姿を見ていると頼もしくさえ感じてくるのである。

 

 

時折、葉が風に揺られて心地よさそうに見えるが、枝分かれのところから細いつた、つるのようならせん状の触手が伸びて支柱である箸に巻きついているのである。

風に飛ばされないためでもあろう。

しかし目もないのによくそこに支柱があることが判ったなと感心するほかない。

 

 

……ひょっとしたら心の眼を持っているのかもしれない。

なんというしなやかさでしたたかなんだ。

かわいいかおをして……。

 

 

しかしこれは何の葉っぱでなんの茎なんだろう……?

 

お前は何の葉っぱなのかね?

問いかけても応えてくれそうもない。

 

しかし、毎日見るたびにお前はすくすく大きく青々と伸びているようだ。

こちらまで胸がすくように感じてくる。

生きていることを細胞の隅々まで楽しむ謳歌をうたいながら、風に揺られたり、雨に唄えばで大自然と交流できているよろこびを感じて日に日に成長していくさまを見ているだけでコロナ災禍なんか忘れてしまいそうだ。

 

 

そして種をまき、育てる厳しさを描いた作品も知っている。

それは藤沢周平さんの「蝉しぐれ」のなかで、……これは名文だなと感じ入った一節があるので、紹介しよう。

 

 

 

『 城下を取り巻く田圃がいちめんに緑に変わったころから、文四郎は郡奉行の樫村や同僚と連れ立って、ひんぱんに郷村の見回りに出るようになった。

 時には隣国との境いのあたりまで見回りに行くこともあり、そういうときは代官所に一泊し、帰りはつぎの日の夜になった。日帰りのときも、日があるうちに城下にもどることは稀で、文四郎はいささか郷方勤めのきびしさを知った。

「歩くのを億劫がっては、村周りは勤まらんぞ」

    (~中略~)

 いきなり真夏が来たような暑さに、人びとは閉口して、毎日の挨拶にも暑いことを愚痴ったりしたが、稲田は生気を取りもどした。葉は力強くのび、熊野神社の夜祭りが終わってひと夏が過ぎるころには、稲は静かに穂を孕みはじめた。

 農事のことは依然として半分もわからなかったが、文四郎にも穂を持ちはじめた稲のうつくしさはわかった。それまでずっと樫村や同僚、村人の稲の生育を見守る気迫のようなものを見て来たせいだった。稲作にかぎらず、総じて農事は、やり直しのきかない真剣勝負のようなものだということも悟った。一年に一回だけの勝負である。

 そのために手段をつくして用意がととのえられ、種がまかれて苗が植えられる。植えつけたあとも生育にしたがって作物の手入れをしないと物は育たない。そのために、たとえば田草取りの作業では、炎天下の田圃を這い回って村人は草を取るのである。そのようにして、一番草から三番草まで、領内の平野の隅々まで、人の手が三度地面を撫で回すのだと云うことを、文四郎ははじめて知った。』

 

藤沢周平さんは直木賞作家としても、また元中学校教諭であったこと、さらに海坂藩武家物や江戸市井ものが多く、情景描写が写実的に秀逸であることでも有名である。

彼の文章も人柄もまさに模範的と言えよう。

 

     

 

異常気象による豪雨で災害に遭われた方々、衷心よりお見舞い申し上げます。     

 

 

*「これは何だろう」のオブジェは、枝豆の種をまき、それが伸びてきたので箸や菊の造花を支柱に立てて巻きついています。

*文中、藤沢作品の「蝉しぐれ」は文春文庫の~誘う男~から抜粋引用。