「治にあって乱を忘れず、乱に在って治を忘れず」という治水、治国の教訓があるが……。
これは、先の大雨台風などにあっても、備えあれば憂いなしのように、普段からいざという時の為に訓練し、自力で逃げられる体力を養っておくという、自分の身は自分で護る生き方の方向に変わりつつある傾向が窺われる。
避難所に行っても、満員で転所を促される。そして最近は自宅避難を勧める自治体もある。
今回の台風でも「50年に一度の…」とか言われたが、その一つの原因として地球温暖化が挙げられる。海水温が上昇すると、秋刀魚等の不漁だけではなく、南の海の海水温が高いと台風の要因になり、それが大雨に繋がる自然災害として、河川が氾濫し、今まで見たこともない水位水勢にパニックに陥り、慌てて車で逃げようとして冠水。却って危険な状態を招きかねない。
そういう場合においてもクールな平常心を養うには、一つには日頃から自分ででも訓練を重ねておけば多少のゆとり、自信にもなり、ある程度落ち着いて的確な判断ができ、行動にも無駄がなくなる。
その為には軽挙妄動の習慣を見直し、平素から本を読んで考え、研鑽しておくことも有効だ。たとえば「LIFE SJIFT 100年時代の人生戦略」等。これが最近の世界的知識層が読んでいる情報書籍で、これは読む角度によって、少子高齢化対策になりそうなヒントも詰まっている。
それを読んでふさぎ込んでもらっては困る。気楽にスマートに行こう。---------かつてのN.Yブロードウェイ戯曲であり、当時各都市の演劇集団たちが好んで演じたソーントン・ワイルダーの「わが町」は架空の町が舞台であったが、此処“わが町”大泉学園は現実(いま)に、そして今後も存在する。
“銀河鉄道999”もある西武池袋線の大泉学園駅を出ると懐かしのアニメ像たちが出迎えてくれる。
「あしたのジョー」や虎柄水着がセクスィーな「うる星やつら」のラムちゃんなど。
ここ大泉学園は東映アニメーションや撮影所、映画館の町でも有名だが、住環境がいいのかスーパーやコンビニも多い。
駅にはスタバやドトール、いやタリーズもまけてはいられない。
食べ物屋は勿論、スポーツジムや塾だって、幼稚園だってちゃあ~んとあるし、撮影所の町という事もあってか、多いのが美容室サロンである。まさにオシャレなHot Townなのである。
そういった文化生活面の充実の一方、自然環境も他の区に較べて格段にいい。
緑被率が全区内の25%ということからも健康長寿の平均寿命が高いし、子どもたちが多いこともあって区の条例で受動喫煙させないよう区民たちが気配りもしている。
写実派の巨匠レンブラントの絵画「夜警」のなかで生きている当時の絵画の中の住民たちからも「わが町」という熱い連帯意識が今に伝わってくるように。
そんななか令和元年の今年、練馬文化センターなどで「世界都市農業サミットin練馬」で11月29日~12月1日、世界の5都市(ニューヨーク、ロンドン、トロント、ジャカルタ、ソウル)が参加して、これからの都市農業、その可能性と魅力を世界規模で考えるイベントもある。
特に、練馬区は緑被率が25%、実に区内の4分の1が緑におおわれ、生活や教育環境に快適だ。だから区民農園など体験農業など食育環境にナチュラルな思考が育まれることは未来の地球への投資でもある。
そういう文化交流だけでなく、その緑が多いと云うことは、人間の健康にもいいということであって、ウォーキングなど有酸素運動や児童の教育環境にもいいし、先に少し触れたが、練馬区の条例で「路上喫煙防止条例」など住環境を重視すれば犯罪被害率も現象し、また積極的に健康環境に配慮した地域社会を育てていこうという取り組みは先進諸国のシェアするところでもあり、これからもこの健康志向は広まっていく傾向にある。しぜんと健康長寿の割合が高くなっている。それが緑の恩恵でもあろう。だからデータが示すように2nd いや、3rd Lifeや人生100年時代に移行していくのである。
それにこの練馬エリアには、緑のお陰かどうか多くの文化人が住んでいて仕事をし、その足跡が残っている。
外環向こうに住まいのあった藤沢周平や五味康祐、さらに池波正太郎を見かけたという女性もいた。「牧野富太郎」を執筆中だったのか、或いは「剣客商売」で東映に近いところに住んでいたのか。「火宅の人」の檀一雄さんと壇ふみが、石神井公園ボート池を武練(ぶねり)している写真も文庫本に載っている。また、「モモちゃんとアカネちゃん」の松谷みよ子さんも東大泉。
そのほか、世界にはばたくアニメの東映アニメもあり、駅には「銀河鉄道999」や、銅像も建てられた「あしたのジョー」など、ちばてつやさんの事務所は富士見台にある。
そして、文学と運動をテーマに、この時期見逃せないのが紅葉の平林寺、栗拾いも、紅葉狩りも、天高く馬肥ゆる秋を楽しもうとしたら、去年も行ったのだが、今もいい想い出となっている。
大学園駅アニメゲートを出発して~夏目漱石「草枕」のヒロイン那美のモデル前田卓(ツナ)の平林寺に行く途中、旧将校住宅~小泉牧場~藤沢周平の「冬の散歩道」コースを通り、野火止の歴史など健康と知識の温故知新、名付けて「文武両道ハッピーライフ」このコースもこの季節はお薦めである。
去年はズルしてバスで仲間と行ったけど、田舎は空気が美味く、運動するとうどんでもなんでも美味く感じるな。
ここで、実りの秋に因んだエピソードをひとつ。
~今でいう西武池袋線の大泉学園と保谷の間、やや北の方にある妙福寺門前あたりから白子川を渡り、広い道を東に進むと区立大泉小の前に出る。その隣接地が北野神社である。
この一帯を旧地名では大泉村大字上土支田字中邑(むら)といった。
明治7(1874)年の社格制定にあたって、北野神社は大泉村の村社となる。
祭神は菅原道真、相殿は稲蒼魂命(うがのみたまのみこと)。
日本には八百万(やおよろず)の神がすんでいる、と言われています。
仲良くしておけばいいことがあるでしょう。
そういう表現をこの国では古来より、感謝の意を込めてこう言います。
「ご利益(りやく)がありますように」と。
おぼえておくと重宝がられますよ。
この辺は「こぐれ村」とゆうて、たのしみは、災害が無く作物やこどもたちの健やかな成長。
さて、その稲蒼魂命(うがのみたまのみこと)は女神で夫は大年神(おおとしのかみ)であった。
父は建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)。
母は神大市比売(かむおおいちひめ)である。
こうして神様の御名が現代に残っているということは、やはりどこかにありがたいという尊崇の念が残っているからでもあり、緑被率25%というデータが裏付けるように、自然に対する凶作など畏怖の歴史が、八百万の神にすがり祈る敬虔な気持ちとして受験生などに引き継がれているのではなかろうか。
また、日本書紀では倉稲魂命(うかのみたまのみこと)となっており、いずれも穀物の女神でもある。
また北野神社は積徳豊心の扁額が懸かっており、豊穣の神を奉祀している氏神様でもある。
ちなみに北野神社にご参拝されると御上りならば左側、お下りならば右側にお稲荷様のお社が鎮座ましますのをご記憶にあるかと存じますが、ここで稲荷社との関係も少し触れておかねばなりますまい。
倉稲魂命(うかのみたまのみこと)は伏見稲荷大社の主祭神であり、各地の稲荷神としても広く信仰されています。ただし、稲荷主神としてウカノミタマの名前が文献に登場するのは室町時代以降のことであるからそんなに古くはない。
伊勢神宮ではそれより早くから御倉神(みくらのかみ)として祀られたことが確認されている。
それらからその頃神同士がなんらかの交流があったものとみられる。
さて、話を北野神社に戻そう。この神社の由来については『新編武蔵風土記稿』に「三十番神」とあって「村ノ鎮守ナリ妙延寺持」との記載があるが、建立成り立ちについては不詳である。
ただ、古くから「番神さま」と呼ばれ村民から親しまれていた神社であったようでもある。
それも当初は郷民、加藤加右衛門の祖先が家のそばに花を供えて祀り、やがて周囲はその子孫を「宮脇」といって代々神社を管理する家柄として崇め、毎年5月と9月の祭礼には氏子が「宮脇」の家に集まり食事を共にする慣習を大切にしたと云う。宮の脇に。
宝永2(1705)年の文書などにもこの事が出ており、またほかに、「明暦三酉年(1657)其元地内ゑ建立為致候由……」とあることなどから、江戸時代の初期からこの北野神社はあったと考えられる。
~(参考文献「練馬区史跡散歩」江幡潤)
以上<前篇>はこれまで。 字数制限の為<後篇>へつづく (吟)
