「スマホ老眼」……なんとも不思議なはやり言葉である。
スマホは手元で見る。それに対して老眼は近くのものが見えない加齢などで遠くの物が見える。という???相反し矛盾する新語をどう理解したらいいのか。
調べた結果、スマホ老眼というのは、老眼に似て手元の文字が見づらかったり、近くのものにピントが合わせにくく視界がぼやけてしまうような症状が発生するという事案が増えている。
原因は、スマホという近い距離のものを見続けることによって、眼の筋肉が緊張する状態が続き、老眼と同じようにピント調節が利かなくなってしまうことから、スマホ老眼と言われている。近くの物が見づらいのだから近眼ではなく、老眼だろうということだが、では果たして老眼鏡をかければいいのか?というとそうでもないらしい。
ノンノン、そんな安直な思考では眼鏡がいくらあってもかなわん。
見えざる敵、おのれの内なる敵と戦う者こそが英雄なのだ。
別に英雄でなくとも構わんが、多少は自らを鍛える、眼の筋トレをしなくては見えるものも見えなくなる。
先日、知り合いの若い女性が目をしょぼめて、「近くの物が見えにくくなった~。どうしよう?」と言うのである。
さて、まさか若い子に「老眼鏡をかけろ」とも言えんし、「気にせんで、様子を見ろ」としかその時は言えなかった。
で、帰って急いで出版物やら、信頼できそうな情報を調べてみた。
その結果、もっとも該当する事案に、「スマホ老眼」という言葉がのしかかってきた。
彼女はまさか四六時中スマホとにらめっこしてるわけでもなかろうが、ゲームとかで夢中になると、忘我の傾向があるようだ。
そうすると、生活習慣病に陥り、栄養バランスが偏って、運動不足になり易い。
さらに、スマホはうつむき加減で使ってるのが一般的傾向。
これは、頭の重さが5kgで、斜めに支える首や肩にかかる重量はその倍とされているので、当然、肩こりや頸椎に負荷がかかり脊椎に影響を与えるのは必至。
分かり易く言うと、そうして猫背になると、脊髄から免疫機能を含んだリンパ球の白血球が出にくくなる。
すると風邪などの病気にかかり易い。
だけでなく歩きスマホは自損他損の危険性をはらんでいる。
ゲームなどもっとも最大のダメージはアウトオブコントロール、社会的自制心の破壊。
そうしたら、銅像でお馴染みの二宮尊徳(金次郎)さんなんかどうなるんだ?
背中に薪なんか背負って、本を読んでるじゃないか。
と、昔の事をよく知っている御仁はそう言うだろう。
……確かに。
ただ、状況が違う。農村と都会とは。人や車にぶつかったりはしないし、遠くの緑の山々を見ながらウォーキングするのは目にいいし、本は発光しないのが普通。
問題はパソコンやスマホなどの液晶モニターに使われている白色に見える青色LEDと黄色の蛍光体の組み合わせからなる多くのブルーライトが目やさらに視神経を通っての脳に良くないのは今や自明の理。
このブルーライトは長時間集中すると、網膜に直接ダメージを与えるため、目のピントや光の調節機能に影響が出る。まして歩きながらだと瞬時にピントや絞りを切り替える毛様体筋の損傷は大きい。
ただ、一時的に癒す方法はある。
そうした液晶疲労には、水で絞った濡れタオルを電子レンジで30秒程チンして、目に2分おくと多少回復する。
これは、疲労した目の筋肉復旧法で、血管の流れを良くするということは、新陳代謝により、赤血球で酸素や栄養素を目に送り、白血球で免疫機能を促す効果がある。
ただし、目の炎症には逆に冷やしタオルがよい。ケースバイケース、症状に応じて臨機応変に手当する。
あと、緑や遠くを見るとよいとかも言うが、健康の基本は、栄養バランスと運動が人間の両輪である。
眼も然り。早まって安易にコンタクトレンズや眼鏡頼ろうとするのは認知症などの弊害を招く恐れがあるからだ。
先ほども少し触れたが、脳と目とは深いつながりがあって、目がちゃんと認識しないと脳内視力である視覚野に認識されず、記憶が曖昧になる。
コンタクトレンズや眼鏡も四六時中している訳にはいかないことから、先ずは眼トレで目を鍛えることから始めよう。