スマホを捨てよ、町へ出よう♪ | 地球の日記☆マーク♪のblog☆

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この地球は今大きく変わろうとしている。自国主義からコロナ禍を経て、調和・融和へとイノベーション(変革)し、人生100年時代へ向けて脱炭素の環境優先へとベクトル(地球的エネルギー動向)が動いた。
常に夢を持って波に乗ろう!

ポケモンGoで歩きスマホ、みんな一様に画面の一点を注視し周囲の状況には無頓着。どこか心が離れていて、おい大丈夫なのかと・・・・・・。


客観的に俯瞰で視れば亡者、ゾンビの彷徨かと思える異様な社会現象ではあるが、今に限った事ではない、こういう現象は以前にもあった。


そう全学連とかだったか、学生達と機動隊などが押し合いへし合いした安保闘争の前後だから、あれは昭和43年(1968年)か。


その前年の1967年、アングラ演劇(オフ・ブロードウエイ)・天井桟敷の寺山修司が「書を捨てよ、町へ出よう」というスローガンで出版・演劇活動を行っていた。


その後演劇の活性化にもつながり学生たちが赤テントとか小劇場演劇を熱く語る時代があった。


あれは誰だったか、中村獅童に似た石橋蓮司だったかが、「昼間はアルバイトの機動隊をやって学生たちと石つぶてのぶつけ合い、夜は学生仲間でアングラ演劇を演って革命る」とか洩らしてたが、そういえばあったねぇ、つかこうへいの「初級革命講座 飛龍伝」とか・・・・・・。


いや、多少個人的な方へ話がずれてしまった。失礼、軌道修正します。


「書を捨てよ、町へ出よう」。これは文武両道の精神に立ち返り知能ばっかり発達してもいけないよ、身体も動かさないと。


という人間本来の仕組み、機能に基づいた普遍的な道理で、たとえば4年に一度オリンピックがあるとか、米でヒットし逆輸入宣伝効果で、体を動かす(歩く)ことに興味を持ってもらおうとソフトが善意のもとに開発されたものとみたいが。


然し、こうあちことでトラブルが起こるということは五輪工事同様、突貫工事でソフトをつなげたのか。


あとは体験型マナー修得ソフトなのか、めいめいが公共の場で実際にぶつかってみてマナー、ルールがあることを身体を持って知ってももらいたい。


と、そこまでは考えていなかったと思うが、ながらスマホに夢中になってわき見運転等、危険行為で接触すれば道交法で違反、罰金対象であり、下手をすれば過失傷害となりスマホしてたなどとは理由にはならない。


そうなるともう社会勉強どころではなく、スマホで一生を棒を振りかねない事案。


これ以上社会問題になれば、治安当局も放置はできないだろうからなんらかの法規制が施行されるのは目に見えている。


すると歩きながらではソフトが作動できないにするとか・・・・・・。


そうしたらポケモンGoではなくなる。


TVアニメ・ポケモンでは以前にも問題があったな。 ピカチュウがピカッとフラッシュ効果で幼児の健康被害が続出した事案もあった。


配慮が足らないとか独善的な商業主義は子どもの心身健康にあまりいい影響を与えるとは思えない。


またゲームなどで大人のモラトリアム(傀儡)人間を大量生産し、国や国民を偏らせて転覆させないようにする為には、多様な価値観を育てバランス感覚の確かな日本人を育てていかなければ、先輩たちの愛情で育ててもらった我々が子どもたちの未来や安全をしっかり考えていかなくては無責任世代の烙印が押されてしまう。 


つなげよう。ニッポンの良識。


さてさてこの一過性の社会現象、どう決着しますか。