前回②のつづき~丸の内~外堀通りを左折し、上(右)手かなたに赤レンガと白のしっくい尖塔風のレトロな建物が見えてひときわお見事。
東京駅ですね。ここからだとてっぺんの方だけ垣間見えます。
そして八重洲。 この辺はたしか、北町奉行所の跡あたり。大岡越前守忠相どの、遠山左衛門尉景元(金四郎)どの、通らせてもらいますよ。
とかなんとかテクテクとことこ歩いてるうちに茅場町。
そして八丁堀。とくれば、八丁堀与力・同心の組屋敷として時代劇でお馴染み。
俗に「八丁堀の旦那」と呼ばれ黑羽織に二本差しが定番の役人官舎があったところか。
さだめし、陸路、水路から出動、探索に出かけて行ったのだろうな。などと勝手なソーゾーを膨らませて。
町民は猪牙舟で吉原界隈に。というのが出てきたのは、はて誰の小説だったかな。
見た目では分からない深い人間の歴史は文芸、文学や土地の空気にふれないと浮かんでこないし、多分知らなかったら素通りしてしまっていただろう。知ることによって一歩一歩に使命的重みが加わる。
目の当たりに大きな鉄筋コンクリートの佃大橋の前半分が姿を現した。
さて、これをどうやって渡ろう。車がひっきりなしに行き交う。
目を凝らして脇に目を遣ると、A4サイズに赤→で目印があった。どうやら上がり階段への道案内のようだ。
見つけた時は芥川龍之介の「蜘蛛の糸」のよう、渡りに舟、地獄に仏ほどではないが勇躍脚が弾んだ。
まるで宝探しかイースターエッグのように矢印をさりげなくつけていく大会スタッフの遊戯心。
うれしくなるではありませんか。
そして突き当りに、旗をもったおじさんが、「この階段を上がってください」と笑顔で、ねぎらうように誘導してくれた。 まるで天国の門番のよう。
天にも昇る心地で数十メートルも昇ったら、 "Oh, my God!"
360°視界が展け、そこは青空と、汐の薫る海と、佃大橋。 かなたにはハワイ。
いやハワイは見えないと思うが房総ぐらいは。
人間は海から来た生き物らしく、汐の香を嗅ぐと眠っていた細胞が活発に躍動し始める気がする。
上空にはくの字型の翼の長い鳥が・・・・・・鳩?じゃない、カモメか。海猫だったらニャーオニャーオって泣くだろう。(違うと思う) とにかくそんな鳥が、プテラノドンじゃない鳥が気持ちよさそうに滑空していた。
これが佃大橋か。その昔、佃煮を採っていたか作っていたのかな、この辺りで。
しかし大きな橋だが作るのも大変だったろうな。
橋梁工事で思い出すのは映画「戦場に架ける橋」。
あれは英米合作映画で、大戦中タイとミャンマーを結ぶ泰緬鉄道建設工事で、連合国側戦争捕虜を使役してクワイ川に架橋工事を進める日本軍収容所長(早川雪洲)vs.それを阻止すべく捕虜役ウィリアム・ホールデン、アレック・ギネスらの名優がしのぎを削る名作で、たしかオスカー受賞、ハヤカワもノミネートされたはず。
今でも現地では観光名所として外貨獲得の貴重な資源となっているようだ。
今だったらフロート、浮橋、クレーンなどで鉄橋架設など造作もない事だろうが、当時は国の威信、浮沈がかかった国家的輸送大事業ゆえにそれを基にした名作が生まれ、結果、早川雪洲という名がハリウッドに刻まれている事実は見逃せない。
それはそれとして、藤沢周平の「橋ものがたり」は・・・・・・
それは、橋をさかいにして出会い、別れ、住む世界、縁がかかわってくる。
行きつ戻りつ思案橋、橋を一つの区切り、境目として人情の物語が生まれる。
またそのころの江戸の木でできた橋というのは丸みがあって、男女の恋とか生活の匂いがしみでてくるというか、妙に縦書きの和文にマッチするんだな。藤沢周平の「橋ものがたり」を読むと。
たいてい傍に柳とかしなやかで柔らかな木がそよいでいる。火灯り(ほあかり)も風情を演出する。
いかにも嫋(たお)やかでしたたかな江戸町人文化を育て、人人の生活に欠かせない水と日日人間性の向上を求めて葛藤する男女の心の機微のながれ、出会い、いとなみ、宿命などの支流が混ざり合った川が寄せ集まって、諸行無常の大きな秩序の川となってゆったりと流れる大川にかかる橋。
人情を擬人化した”橋”で架ける、つないで結ぶ。
それが人生と人生をつなぐ”橋”縁結びの架け橋。でありまた読者と作者を結ぶ橋。
ではないか・・・・・・と藤沢周平氏は語っていたのではないかと私はそう思った。
(つづく)