ノーベル賞 | 地球の日記☆マーク♪のblog☆

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この地球は今大きく変わろうとしている。自国主義からコロナ禍を経て、調和・融和へとイノベーション(変革)し、人生100年時代へ向けて脱炭素の環境優先へとベクトル(地球的エネルギー動向)が動いた。
常に夢を持って波に乗ろう!

ノーベル賞によせて


ノーベル賞の授賞式ってこの頃あるんですね。


受賞された方々おめでとうございます。


なにやら学術的に多年に亘る研究論文で、英語が必須の保守的な分野にも見える。



今日本国内では、原発問題、代替エネルギー問題、太陽光エネルギー買い取り問題、スマートグリッド等、方向性や調整軸が今一つ見えてこないのが現状。


電気は貯蔵が効かないというコンセプト(概念)が念頭にあるからであろうが、直流のように電池式に蓄えられたら上記のような問題はある程度解決できるのではなかろうか。


映像や音を磁気・電気・化学信号に変えて送る技術があればそんな応用は不可能では無いはず。


それこそ人類に役立つノーベル賞に値する研究ではないだろうか。




そうなれば昨今の雪など自然災害での送電ストップによる孤立不安など、自治体ごとの電池備蓄、供給で解消しないだろうか。



疑問に思うニュース報道

ニュースでIP電話は停電したら使えないと報道されていたが普通の電電公社(NTT)の固定電話は電気が来ていなくても使えるのかな。




余談はさておいて、本題に戻るが、電気自動車のバッテリー、あれは交流から直流だが、逆に直流から家庭用機器の交流に分配する機器。それがあれば、孤立地帯にヘリから運搬貸与も可能ではなかろうか。もちろん技術的な問題も多々あろうが発想自体は間違っているとは思えない。




そこにはヘルツや国境を越えた統一基準も立ちはだかってくるだろうし、コストや安全性の問題も優先されなければならない、が少なくとも予期せぬアウト・オブ・コントロールから人類をまもることができると信じられるからである。



チェルノブイリや米TMI、そして福島原発、いつまで同じ間違いを繰り返すのか。


問題の認識が国際間で共有されていないのか、それとも原子力は人間の不得手なというより自然破壊の懸念を払しょくできていないイメージが依然強いのか賛否の分かれるエネルギー政策でもある。



それならば一歩さがって安全な蓄電池を後進国で作って先進国に供給する発想はできないものか。



そうすれば世界中Win Winの共存共栄が図れるのではなかろうか。とこのように私は思うがみなさんはいかがお思いでしょうか。