SLと太鼓童子と
SLが終点に着到すると高校生による「おもてなし太鼓演奏」で歓迎してくれる。
どーん、どーん、どどーん・・・・・・。
伝統的な和太鼓のリズムが不思議とSLの力強さとマッチして妙なるコラボとでも表現しましょうか、綾なすシナジー(相乗)効果で盛り上がる。
太鼓の名人たちはみな若い。男子生徒に交じって女子高生が揃いの和太鼓衣装に身を包み、叩き間違えないように張り詰めた面持ちで頬を赤らめ、初々しく、また凛々しく華麗に撥を操る。
ギャラリーの目線を感じてより崇高な極みに到達しようと集中する姿は気高く妙義山、浅間山が育んだ土壌か勇壮でSLといい勝負だ。経験を積めば。
横断幕には「群馬県立安中総合学園高等学校・和太鼓部」とある。
東京の我々の学園祭にも出張演奏してくれるのだろうか。
いや、それは難しいだろうな。搬送が大変だ。
太鼓で思い出すのは、ばんづま(坂東妻三郎=田村兄弟の父)の「無法松の一生」/監督・稲垣浩だな。
九州小倉で人力車夫の松五郎が敬慕する陸軍大尉婦人との恋の葛藤のなか、祭りに顔を出した祭り男の松が「ありゃあ、ほんまの小倉太鼓じゃなか」ちゅうて、「貸してみい」と撥を取り上げ太鼓をリズミカルに叩きだす。
昔取った杵柄のように軽くウォーミングアップしてから徐々に本域へ。
雀百まで踊り忘れず。次々と躰から流れるように繰り展げられる祇園太鼓の流れ打ち、乱れ打ち、暴れ打ちなど抑揚、メリハリの利いた太鼓のリズムに観客の目や耳までも陽気に反応してくる。
撥捌き連打の妙技もさることながら、坂妻演ずる松っつあんの表情が徐々に紅潮しのってきて調子に乗るところも演技以上のリアリズムを醸し出し大波の如く観客を弾き込んで酔わせる名演技は万国共通のヒューマニズム(好感できる人間性)に溢れている。
本編初号を当時の政治的意図で大幅割愛された稲垣浩が後年リベンジ・リメイクした同作においてベネチア映画祭グランプリを受賞「獲った獲りました」と激昂打電し雪辱を晴らしたエピソードのあるあの名作がいまなお鮮やかに蘇る。
以来、「太鼓の名人」とか和太鼓ブームが続く。
ただ、今の和太鼓ブームは時代の流れなのか、叩き手の深い魂の叫びを肚の底に強く訴えるオーソドックッスな和太鼓よりも「YOSAKOIソーラン」系統のビジュアル系やや見せる方に振れている感がしないでもない。
それにしてもこのチーム、伸びシロが未知数なだけに今後の活躍が期待される。
コツは叩いてる刻、瞬間を楽しみながらもてなしの心を大事にすること。
なぁんてことはもう、とっくにわかってるよね。 蛇足だったな。こりゃ。
筆者のオリジナル・インスピレーションに付無断転用厳禁のこと
