「やおいかんね」



これに、そうですね〜と笑って返せるようになるまでに、少し時間がかかったように思います。


私は、生まれた場所こそ岐阜県の小さな病院ですが、育ちは29年間東京なので、標準語以外に触れる機会はほとんどありませんでした。

 

 

私は26歳でかばをと結婚し、かばをの出身は福岡県の糸島でした。

結婚当初は、初めての九州進出!といった心持ちでワクワク感すらありました。

方言だって、福岡出身の友達もいないことはないし、〜と?とか〜けん、って言うんでしょ?知ってる知ってる、とたかをくくっていた初めての帰省。

 

 

 



お義父さんが何を話しているのか、
全然分からなかった。

ショックでした。


いくら方言とはいえ、皆、同じ日本語を話しているのだから、どこでも誰とでも分かり合えると、それまで本気でそう思っていました。


考えてみれば当たり前なのだけれど、その土地その土地の日本語があり、私が話していたのは東京の日本語に過ぎない。
糸島には糸島の日本語があり、わたしはそれを聞くことも話すこともできませんでした。
 

〜してからくさ。
ひまのいるね。

まんぐりのあると。

初めて聞く語尾、抑揚、助詞の使い方の違い、

それが複合し且つ会話のスピードになると全く意味が分かりません。
 

すごく落ち込みました。

よそ者感と、疎外感。

話したくても話せない。

正しい相槌が分からない。

ただでさえ初めての帰省で緊張していたわたしは、そのことにますます疲弊してしまったのでした。



それでも、嫁いだからには何とか覚えようと、
知らない単語を聞いたらすぐにメモし、
一通り会話が終わってからこっそりかばをに何の話をしていたのか答え合わせをしました。

気分は受験生さながら。




そうやって、二度三度四度と訪れていますが、なかなか聞けるようになりません。

やはり会話の全てが聞き取れることは少なくて、
その度に私の胸の中にはもやもやした気持ちが広がりました。




年末に帰省したとき、私が質問されていたのに聞けておらず、反応できなかったことがあり、落ち込んでいました。

ああ。まだまだダメだ…



その翌日が大晦日でした。

年越しはかばをの地元の友人(Sくん)の家ですることになり、少しほっとしている自分がいました。

 

Sくん宅に着くと、Sくんの奥さんも来ていました。
新婚さんなので、初めての帰省とのことでした。

Sくんのお父さんもいて、

一緒になってみんなでわいわい鍋を囲みました。

Sくんのお父さんは、もちろんコテコテの糸島弁でした。



Sくんのお父さんが、”テーブルの向こうにある焼酎を取ってきて、水割りを作ってくれ。”

というようなことを言ったので、部屋の隅にある焼酎のボトルに手を伸ばすと、

キョトンとしたSくんの奥さんの顔が私の目にうつりました。


あ……。



わたし、もしかして、聞けているのかもしれない。


少なくとも、その、初めて糸島を訪れたSくんの奥さんが聞けなかった言葉を私は理解していました。


これには言い知れぬ感動がありました。


毎日会話をしていると、聞けていない部分にばかり気を取られてしまっていたけれど、
私は初めて来た時より、確実に聞けるようになっていたのだということが分かりました。






「やおいかん」


とは、糸島弁で「大変だ」と言う意味だそうです。
まさしく、糸島弁を習得するのは、私にとって非常に「やおいかん」ことなのです。

でも、私はまた、覚える意欲がわいたのでした。


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余談ですが、糸島弁の勉強がてら、
昨年こんなものを作りました。

糸島弁のしまパカさん → リンク

 

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