山ン寺遺跡 | 朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。

3連休だけど、3日目に社宅の下水管の清掃があって家を空けられない。それでなんか中途半端な気分だったのだけど、突然、出かける気になって前日に楽天トラベルで泊まれそうな場所を探した結果、唐津のホテルに予約ができた。


というわけで、なぜか



平戸です。ザビエル記念教会。


礼拝堂も見学できるけれど、写真は禁止。入ってみたら礼拝が始まるところでした。



平戸殉教者顕彰慰霊之碑



教会から見える景色。海と松浦家の平戸城。



(観光案内を参考にして)名所、寺院と教会の見える風景を撮りに行った🤭



平戸オランダ商館



田平天主堂



中からは撮影出来ないので、この美しいステンドグラスは想像してください。


一般的な観光地を駆け足で周り(なんて書くと、本当に走ったんだよなとかって、コメントされても困りますが)、突然、マニアックな路線へと。



山ン寺遺跡



こんな場所にあるので、あまり普通の人は行かないのではないでしょうか。


松浦家は渡辺綱の子孫のようですが、二代源直がこの地に館を設け、総持寺を建立し初代久の霊を祀ったとされる場所。久の遥拝墓と呼ばれる宝筐印塔、直夫婦の墓所などが一帯に点在している。



林道のような荒廃した道の先にあり、周囲には人家などはない。


駐車スペースとされている道の広かった場所から5分ほど山の中に入っていくと、建物があった。



総持寺と言って良いのかなあ。最初の総持寺が建立されたのは平安時代の1145〜50年の間と伝えられている。



直の墓所。



境内にこのような石の鳥居もあった。



山祇神社


調査の結果からすると、この遺跡で一番古いのは室町中期の物だと判明し、平安期の物は発掘されていないようだ。松浦党は分家も多かったので、その結束を計るための宗教的な場所として、後に造られたとする説があるが、そういったことだったのだろうか。


それにしても森の中に入って行くのはけっこう勇気が必要であったよ。何があっても周りに人が来る可能性はほぼないような場所だし、携帯もあやしいからね。まあ、乗り掛かった船のような物だった。


松浦の殿様といえば、田中泯が演じた松浦静山が好きでねえ、それでちょっと来てみたんだよね。松本幸四郎が染五郎時代に主役で出ていた「妻はくノ一」という、時代劇なんだけどさ。


ね。