九品寺、葛城一言主神社、土蜘蛛 | 朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。



葛城坐火雷神社の次に行ったのは九品寺。桜が綺麗だった。


九品寺を建立したのは、東大寺の大仏造営に功績のあった行基さんである。



本尊は重文の阿弥陀如来像。



こちらは地蔵堂。



千体石仏は、南朝に味方した楢原氏が戦に行くにあたって彫って奉納した物で、墓地へと続く九十九折りの道に並んでいる。



九十九折りの道を登ると景色が良かった。



九品寺では西国三十三観音霊場が一気に巡ることのできる。九品寺は含まれていないが、兵庫、大阪、和歌山、奈良、京都、滋賀、なぜか岐阜に広がる西国三十三観音霊場を一気に回れるのは便利。有名どころとしては清水寺とか石山寺、三井寺などが西国三十三観音霊場だ。



このように各霊場の石仏が並んでいる中を歩いて巡る。



桜が綺麗な霊場でもあった。



次に来たのは葛城一言主神社。鳥居の左先にあるのが蜘蛛塚。



蜘蛛塚とは、この辺りを荒らした大蜘蛛をたまたま通りかかった一言主神が退治した物と伝承されていると同時に、日本書紀にある葛城にいた反大和政権派の豪族を神武天皇が討伐した伝承でもある。


ちなみに葛城氏が滅ぼされたのは第21代、雄略天皇の時代。雄略天皇は考古学的に実存が確認できた最古の天皇である。



石段の上が境内。



拝殿で、ひとつだけ願い事を唱える。



拝殿の右側にも蜘蛛塚があった。



末社は稲荷神社、祓戸社、市杵島神社、天満神社、住吉神社、八幡神社、神功皇后社。


右に見えるのは雄略天皇像。ここで、葛城氏を滅ぼしたのは雄略天皇という話とつながる。



樹齢1200年の乳銀杏



次に移動したのは名柄神社


下照姫命が祭神である。下照姫は大国主命の娘。大国主命は国譲りをしたとか出雲大社に祀られていることはあまりにも有名すぎるが、国譲りとは勝者が都合良く語ったことだとすると、逆にかなり残忍なやり方で国を奪ったとも考えられる。実は古事記以外では大国主命とは呼ばれず大穴牟遅神などと呼ばれる。この大穴牟遅神とは、もともとは葛城の神であり、なかなか複雑だ。



名柄神社の末社



テガミ カフェ

0745-60-8386

奈良県御所市名柄326-1 郵便名柄館

https://tabelog.com/nara/A2903/A290303/29009336/


名柄神社のすぐそばにあったカフェだが、ラストオーダーの時間を少し過ぎていたので、写真だけ撮った。



旧名柄郵便局は大正2年の建築で、昭和50年に移転。長らく空家であったが、この建物を残したいという地元の方々を中心に平成27何に「郵便名柄館 tegami  cafe」として生まれ変わったそう。



さて、帰りはJRで帰ろうかなと思ったが、ちょうど良い電車がなく、また近鉄。



ただし来た時は大阪経由だったが、帰りは直接、京都に向かうことにした。途中で飲めるといいな。


ね。