平泉中尊寺に弁慶を探しに行ってみた(前半) | 朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。

なんだか忙しいので、間が空いたがつづき。


筋トレで大胸筋が痛いまま、電車に乗って新幹線に乗って、また電車に乗った。



ここは一ノ関駅、電車は快速リアス


ここから平泉駅に移動して、徒歩で向かったのは



我が墓、もとい、武蔵坊弁慶の墓である。



その背後にあるのが中尊寺の登り口。坂道をしばし登って息が切れて若い人たちに追い越され、



最初にあったのは弁慶堂。本尊は勝軍地蔵菩薩。もともとは愛宕堂だったが、義経・弁慶像が置かれており、明治以降に弁慶堂と呼ばれるようになった。



地蔵堂。本尊は地蔵菩薩で、左手には道祖神が祀られた祠があり、共に御朱印がもらえる。



薬師堂は建て替えられたばかりだが、HPには古い御堂のまま掲載されているので、よくわからないが、薬師如来、日光・月光菩薩、十二神将、熊野権現が祀られているはず。



観音堂


本尊の観音像は讃衡蔵に収蔵。



本坊表門。伊達兵部宗勝の屋敷門を移築したと伝わっている。



本堂。本尊は丈六の釈迦如来。本尊の両脇の灯籠には比叡山より分灯された宗祖伝教大師より続く不滅の法灯が灯されている。



不動堂は新しい建物だが、1684年に藩主伊達綱村により新調された不動明王が本尊。



峯薬師堂。本尊の薬師如来は讃衞蔵に安置されている。



ここで目の御守りを頂く。



大日堂は1802年再建。金剛界大日如来。ここまで全て御朱印を頂いておる。



旧鐘楼は1343年建造。ここは御朱印は、なかった。



阿弥陀堂。1715年、阿弥陀如来。



弁財天堂。1726年。弁財天十五童子。ここは授与所が閉まっていたので、御朱印は頂いていない。



讃衡蔵は宝物館。ここと金色堂は有料エリアとなる。



覆堂(金色堂)。なかには金色堂があるのだけど、写真は撮れないので



讃衡蔵の中に写真撮影用の作り物がある。



経蔵



芭蕉像と句碑



旧覆堂。


1288年に初めておおいが造られるまでの約50年は金色堂は金閣寺のように普通に建っていたようで、それ以降、何度かそのおおいが掛け替えられて、この旧覆堂は室町時代の物らしい。


中に入れるが、この中に金色堂があったということは、ミイラもあったんだよな。


ここまでが有料エリア。



塔頭の大長寿蔵


 1107年、清衡が創建した阿弥陀堂をその始まりとしている。本尊は胎蔵界大日如来。比叡山四季講堂から拝領した元三大師御影がある。普段見られるのかどうかはわからないが、同日は山門不幸の掲示あり。



釈迦堂は1719年再建で本尊は釈迦三尊。


ここから左に向かうと鎮守の白山神社がある。


後半へ続く(笑)


ね。